日本人のパラグアイ移住90周年――神田外語大学とつながる、グアラニの大地
2026年、日本人のパラグアイ移住は90周年を迎えました。神田外語大学は、同国のアスンシオン国立大学と学術協定を結び、交換留学を通じた交流を続けています。また、本学が位置する千葉市とアスンシオン市は、姉妹都市の関係にあります。この節目に寄せて、本学理事・名誉教授の柳沼孝一郎先生が、パラグアイの豊かな文化、日本人移住の歴史、そして現地とつながる本学の学生・卒業生について紹介します。
日本人パラグアイ移住90周年によせて
グアラニの大地 パラグアイ逍遥
日本人移住90周年と神田外語大学の交流
FIFAワールドカップ(パラグアイも参戦)の興奮もさめやらぬ酷暑の7月末、NHK番組『世界で開け!ひみつのドアーズ パラグアイ・ゴマ生産者に“ありがとう”』が放送されてゴマ栽培隆盛の立役者となった日本人移住者が紹介されました。画像を追いながら、かつて、首都アスンシオン在の日本人会および商工会議所の方々と日本大使館に勤務するスペイン語専攻卒の某君と本学学生とでイベントを開催したこと、在アスンシオン日本大使館で在外公館派遣員として活躍したゼミ生の太田麻美さんのこと、そしてパラグアイハープのここちよい調べが想い起こされました。8月末には秋篠宮ご夫妻が首都アスンシオン郊外で開かれた「日本人移住90周年記念式典」に出席されるなど日本とパラグアイが一気に近くなり、アスンシオンと姉妹都市関係にある千葉市民として、また、アスンシオン国立大学(Universidad Nacional de Asunción)と学術協定を締結し交換留学を実施している神田外語大学に関係する一人としてまことに喜ばしいかぎりです。
在日パラグアイ共和国大使館の皆さまと本学関係者による記念撮影(2021年3月24日)
二つの言語が育むパラグアイの文化
パラグアイ(Paraguay)は先住民言語のグアラニ語(guaraní)で「大いなる川の大地」(la tierra de los grandes ríos)という意味です。スペイン語もグアラニ語もパラグアイの公用語で、2言語が日常的に用いられ、グアラニとスペインのふたつの文化が融合した独特な文化が特徴です。代表的な音楽グアラニーアやパラグアイ・ボルカの演奏に合わせて踊る「ボトル・ダンス」、アルパ(パラグアイハープarpa paraguaya:イベロアメリカ言語学科スペイン語専攻卒の山田天音さんは日本を代表する数少ない奏者です)、グアラニ語で「クモの巣 tela de araña」を意味する繊細なレース編みニャンドゥティ(ñandutí)、そして冷たいマテ茶テレレ(tereré)などなど、すべてが魅了してやまないパラグアイの豊かな文化遺産です。
アルパを演奏する本学卒業生の山田天音さん(2021年3月24日)
世界遺産のイエズス会伝道所を訪ねて
パラグアイとブラジルの国境を流れ、アルゼンチンにはいるとラプラタ川と呼ばれるパラナ川(río Paraná)流域にあるイエズス会伝道所の遺跡を巡る旅も見逃せません。なかでもユネスコ世界遺産に登録された「ラ・サンティシマ・トリニダー la Santísima Trinidad」のイエズス会伝道所は印象的です。スペイン植民地時代にイエズス会宣教師が運営したカトリック布教活動の拠点で、伝道師たちが先住民インディへナの人々の権利を守るために共同で暮らし、彼らに教育を授け、征服者たちの横暴から人々を救った伝道所です。宣教師と10万人の住民が平和に暮らす共同体は30か所を数え、「パラグアイのイエズス会国家」とまで称された布教集落(レドゥクシオンreducción)は1767年、イエズス会士がスペイン領植民地から追放されるまで繁栄を極めました。
戦前から戦後へ 日本人移住の歩み
このグアラニの大地パラグアイに、今から90年前の1936年(昭和11年)に、ブラジルからの移住者10家族のほか、第一陣として11家族81人の日本人移住者が、日本政府が購入した「ラ・コルメナ移住地Colonia La Colmena」に入植、1941年まで計147家族897人が移住しました。過剰人口問題を解消し、急増する農村の貧農層や都市部の困窮民を救済する策としてメキシコ、ブラジル、ペルー、アルゼンチンなど「中南米移住」が国策として奨励された近代日本の一時代です。
戦後も、海外移住とりわけ南米移住の大量送出が国策として推進されました。1954年11月、吉田茂首相は訪米した際に、ナショナル・シティ・バンク、チェス・マンハッタン・バンクおよびバンク・オブ・アメリカと総額1,500万ドルの「移住借款」を交渉、のちに鳩山一郎首相はその受入れ機関として特殊法人「日本海外移住振興株式会社」を新設、外務省に「移住局」を設置し、「海外移住審議会」を発足させ、海外移住を重要国策と位置づけ、ブラジル、ボリビア、アルゼンチンなど南米移住事業を大々的に進展しました。邦人のパラグアイ移住は、1954年の3家族18人のラ・コルメナ移住地の入植で再開され、その後、フラム移住地、アルト・パラナ移住地およびイグアス移住地が開設、同時にパラグアイ政府から400家族の入国許可枠を取得し移住事業が実施されました。こうして邦人のパラグアイ集団移住は1955年の866人、56年1,382人、57年1,603人、58年1,106人と増加の一途をたどりました。
移住協定と日本とパラグアイの関係
一方、前述の海外移住振興会社は「海外移住事業団」(のちに国際協力事業団JICAと改称、現在の「国際協力機構」に至る)に引き継がれ、南米移住事業が進展されました。その後、これまでの移住実績が前提となり、移住者送出国の日本と受入国の南米諸国との間で邦人移住者の促進、保護、定着を考慮した双務条件を設定する「移住協定」が構想され、政府間ベースによる計画移住が確立されました。そうしたなかで、日本政府はパラグアイ政府に対し総額380万ドルの船舶借款を供与し、同借款と引換えに、1959(昭和34)年に「日本国政府とパラグアイ共和国政府との間の移住協定」いわゆる「日本パラグアイ移住協定」が調印されました。前後して、1956年に「日本ボリビア移住協定」、1960年に「日本ブラジル移植民協定」が、1961年には「日本アルゼンチン移住協定」が締結されましたが、日本パラグアイ移住協定は、「日本人入植者にあらゆる便宜を与え、パラグアイ共和国の教育制度を遵守しスペイン語で教育を行うことを条件に日本人学校を設けることができ、教員の派遣その他の可能な援助を与えるものとする」などを締約した協定で、船舶借款交渉の過程において締結された協定でもあり、経済外交の延長線上で海外移住が取り上げられ、借款の交換条件として締結された移住協定でした。
ラテンアメリカに広がる邦人と日系人社会
外務省領事局政策課の「海外在留邦人調査統計」によると令和6年(2024年)10月1日現在、1,293,097人の邦人(3ヶ月以上在留する長期滞在者712,713人および永住者580,384人)が海外に在留していますが、その約6.4%にあたる82,924人がブラジル(46,577人)、アルゼンチン(10,528人)、メキシコ(9,985人)、(スペイン9,713人)、パラグアイ(3,778人)、ペルー(3,011人)、ボリビア(2,623人)、チリ(1,662人)そしてコロンビア(1,315人)などのラテンアメリカ諸国に在住しています。同じく外務省領事局の「海外日系人数推計」によると令和5年10月1日現在で海外の日系人は推定で500万人にのぼり、その約62%にあたる約3,080,000人の日系人がブラジル(約2,700,000人)、ペルー(200,000人)、メキシコ(79,000人)、アルゼンチン(65,000人)、ボリビア(13,000人)、パラグアイ(10,000人)、(スペイン4,400人)、チリ(3,600人)、コロンビア(3,100人)、キューバ(1,000人)そしてドミニカ共和国(760人)といったラテンアメリカ諸国で生活しています。
言葉を学び世界をつなぐ意義
世界でも類を見ない大規模な日系人社会が形成されているラテンアメリカ諸国と日本の補完かつ相互関係は古く、スペインおよびポルトガルのイベリア両国を含めたイベロアメリカ(Iberoamérica)諸国との関係は多岐にわたっています。一方で、「太平洋の時代」ともいわれる21世紀において、新たなパートナーシップの構築が模索されています。現在、日本国内外の諸地域で、さまざまな分野において本学卒業生が活躍されていますが、さらなる健全かつ発展的な関係を築くべく、神田外語大学で言葉をひも解き、世界を学び、研鑽を積む意義はそこにあります。神田外語大学の建学の理念に言う「言葉は世界をつなぐ平和の礎 Languages are the foundation to link the world in peace.(Las lenguas son los lazos que unen al mundo en paz.)」だからです。
略歴:メキシコ国立自治大学(UNAM) 哲文学部大学院歴史研究科修士課程修了、メキシコ近現代史専攻。日本イスパニア学会理事、日本放送協会(NHK) テレビ・ラジオスペイン語講座講師、放送大学千葉学習センター客員教授、神田外語大学副学長などを歴任。現在、神田外語大学理事・名誉教授およびメキシコ日本アミーゴ会幹事。
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