NHKラジオ・まいにちスペイン語「すばらしきラテンアメリカ ¡Américas fantásticas!」6月号が開講!!

「すばらしきラテンアメリカ ¡Américas fantásticas!」

本学外国語学部イベロアメリカ言語学科スペイン語専攻の柳沼孝一郎名誉教授とシルビア・ゴンサレス教授が担当するNHKラジオ・まいにちスペイン語(応用編)「すばらしきラテンアメリカ ¡Américas fantásticas!」が再放送されます。
歴史・文化・社会・人々の暮らし、その多様性が織りなす魅力あふれるラテンアメリカの国々を旅しながらスペイン語を学ぶ講座です。

■6月号はキューバと中央アメリカ編です。

●第17課「キューバのハバナにて」:大アンティル諸島や小アンティル諸島の島々からなるカリブ海に浮かぶ、その美しさゆえに「アンティルの真珠」とも呼ばれてきたキューバ島は1492年にコロンブスが辿り着き、1511年にスペイン人のディエゴ・ベラスケスに征服され、1519年にハバナ(San Cristóbal de La Habana)の建設が着手されました。天然の良港ハバナには街を守る堅牢なモロ要塞が建設され、スペイン本国との交通と貿易の要衝として栄えました。かのヘミングウェイの傑作『老人と海』(El viejo y el mar)の舞台となった漁港コヒマルから首都ハバナに入り、旧市街を散策します。植民地時代の雰囲気を色濃く残す、バロック様式の建築物が立ち並ぶ旧市街ラ・アバナ・ビエハ(La Habana Vieja)は1982年に世界遺産に登録されています。路地を縫って歩いた先に、ヘミングウェイが飽かず通った酒場フロリディータが見えてきます。どこからか、大文豪も口ずさんだにちがいない、ホセ・マルティ作詞の「グアンタナメラ」(Guantanamera)の曲が流れてきます。

●第18課「サンティアゴ・デ・クーバにて」:ディエゴ・ベラスケスによって建設されたサンティアゴ・デ・クーバはキューバ第2の都市です。ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ(Buena Vista Social Club)でも有名な、キューバ音楽ソンとボレロの揺籃の地であり、1953年7月26日、フィデル・カストロが率いる青年たちによって「モンカダ兵営襲撃」が断行された町でもあります。事件後の裁判で、「歴史は私に無罪を宣言するであろう」(La historia me absolverá.)とカストロが自己弁護したことは多くの人の記憶に残っています。町のシンボル、カテドラルも見逃せません。アレホ・カルペンティエルに代表される魔術的リアリズム文学、そしてキューバ野球、ダイキリとモヒートに酔いしれ、紺碧のカリブ海の潮風に吹かれながら、キューバンサルサのリズムが織りなすカリブ狂騒曲に陶酔する、「カリブに浮かぶ赤い島」キューバの魅力は尽きません。

●第19課「アンティグア・グアテマラにて」:1543年に建設され、スペイン植民地時代には現在の中央アメリカ全域を管轄する「グアテマラ総監領」の都として、1773年の大地震で罹災するまで政治と文化の中枢として繁栄しました。植民地時代のバロック様式の建造物でも知られ、1979年に世界遺産に登録されています。花絨毯の路地を、キリストの受難を表した山車を担いで練り歩くセマナ・サンタ(Semana Santa 聖週間)の伝統行事でも有名です。古都アンティグアはまた、1878年にメキシコに渡り、のちにアンティグアに移住、写真店を営み、ティカルに代表されるマヤ遺跡やグアテマラの伝統文化を多くの写真に残した、日本とグアテマラをつなぐ懸け橋である屋須弘平(岩手県出身)が生涯をささげた悠久の地でもあります。

●第20課「チチカステナンゴそぞろ歩き」:インディヘナの人たちの定期市のなかでもとりわけ有名なのがチチカステナンゴの市です。縦糸と横糸に夢を託して、乙女たちが織り込んだ色鮮やかな民族衣装ウィピル(huipil)に目を奪われながら市場をそぞろ歩きます。どこからか、民族楽器マリンバが奏でる歌が聞こえてきます。やがて前方に白亜のサント・トマス教会が見えてきます。教会の正面階段の18段は、9層からなる天上界と9層からなる地下界の合計18と、1年を18の月に分けるマヤの宇宙観と深い関係があるといわれます。その隣には、ドミニコ会士フランシスコ・ヒメネスが18世紀初頭にラテン文字に転写し、スペイン語訳をつけた、キチェ語で綴られたマヤ諸族の神話物語『ポポル・ヴフ』(Popol Vuh:共同体の書)の手稿が発見されたドミニコ会修道院があります。同書と併せて、ノーベル賞作家ミゲル・アンヘル・アストゥリアスの『グアテマラ伝説集』にも描かれるマヤの壮大な宇宙観は人々を魅了してやみません。

●第21課「中央アメリカの旅」:スペイン植民地時代に「グアテマラ総監領」の管轄下に置かれていた中央アメリカ地域は、1821年に「中央アメリカ連邦共和国」として独立しました。ところが39年に分裂、現在のグアテマラ、エルサルバドル、ホンジュラス、ニカラグア、コスタリカとなりました。グアテマラを後にして、エルサルバドル(El Salvador「救世主」を意味し、スペイン人征服者ペドロ・デ・アルバラドの命名といわれる)からホンジュラス(大航海時代、カリブ海沿岸の水深honduraが深いことからスペイン人が命名)では世界遺産の一つマヤ文明のコパン遺跡を見学した後に、ニカラグアに入ります。マサヤ火山のふもとにある民芸品市場でも有名なマサヤの町を散策したあとは、国民的な詩人ルベン・ダリオの世界を堪能します。キューバのホセ・マルティやウルグアイのホセ・エンリケ・ロドとならんでモデルニスモ(modernismo:19世紀末から20世紀初頭に起こったラテンアメリカ文学における近代主義運動)を牽引した偉大なる詩人です。

●第22課「コスタリカにて」:コスタリカ(Costa Rica:「富める海岸」を意味し、先住民が金の装身具を身に着けていたことに由来、コロンブスが命名したといわれる)には数多くの国立公園があり、熱帯林の動植物生態系を楽しむエコツーリズムが最も進んだ国の一つで、それが重要な外貨収入源になっており国内総生産GDPの増大に貢献しています。コスタリカは軍隊を持っていません。1949年憲法によって軍隊を廃止したからです。コスタリカは中米和平に大変貢献しました。

●第23課「パナマ・シティにて」:大航海時代、スペイン人のバスコ・ヌニェス・デ・バルボアはパナマ地峡を横断し太平洋を発見、次いで1519年に現在のパナマ・シティが建設されました。のちにパナマは1821年に独立を宣言、南アメリカの「解放者El Libertador」シモン・ボリーバルによって制定された「グラン・コロンビア共和国」に統合されましたが、ボリーバルの死去にともない1830年に解体、現在のベネズエラ、コロンビア、エクアドルとなりました。一方、コロンビアの一地方であったパナマ地峡では米国企業によって運河の建設が進められていました。加えてコーヒー産業の発展にともない経済上の対米依存が強まっていくなかで、1903年にパナマ地方がコロンビアから分離独立運動を起こすと米国政府はコロンビアに派兵し、パナマの独立を承認、こうしてパナマ共和国の独立が達成されました。同時にパナマ運河地帯の永久租借権を認める条約が調印され、1914年にパナマ運河が開通しました。全長およそ80 km、大西洋と太平洋を結ぶパナマ運河を眺めながら、近代史の一幕に想いをめぐらせます。

●第24課「トピック リゴベルタ・メンチュウ:未来へのメッセージ」: グアテマラ北部の寒村に生まれ、幼少のころから家族でカトリック教会の社会活動に参加し、貧困に起因する厳しい現実と人間の尊厳と教育の大切さを知り、人間と自然の調和を切に願い、人々が理解し合い、調和のとれた共生が生まれるよう心を砕き、そして先住民インディヘナの権利を擁護する活動によって1992年にノーベル平和賞を受賞したキチェ族出身の不屈の女性活動家、リゴベルタ・メンチュウ・トゥムの生涯をたどります。

*ひとくちメモ:カリブから中央アメリカの世界

■マルコ・ポーロの『東方見聞録』で紹介された黄金の島シパンゴ(Cipango:日本)をはじめ、黄金郷エル・ドラード(El Dorado)の発見を目指す大航海時代のなかで、新世界(ヌエボ・ムンド)の存在が明らかにされ、その地はインディアス(Indias:ヨーロッパ世界から見てインドよりさらに東の地域)と称されていました。コロンブスが到達した1492年当時、カリブ海域にはおよそ300万人のタイノ(またはアラワク)、シボネイ、カリブと呼ばれる先住民族が暮らしていましたが、征服戦争や過酷な労役そしてヨーロッパ人がもたらした麻疹、天然痘、チフス、流行性感冒などの疾病が原因で人口が激減、わずか半世紀の間に少数のカリブ族を除いてほぼ絶滅してしまいました。

■新大陸にはヨーロッパ人にとっては珍しい植物が多くありました。スペイン語のサツマイモbatata(バタータ)はタイノ語batataに由来し、南米アンデスが原産のジャガイモpatata(パタータ)はタイノ語batataのbがpに変化したものです。反対にイベリア半島からは新大陸には存在しなかった小麦、ブドウ、オリーブ、サトウキビなどの栽培植物が移植され、馬、牛、羊、山羊、豚などの家畜が持ち込まれて新大陸の世界を一変させました。新旧両世界の文化交錯の物語です。

■カカオは古代メソアメリカでは貨幣としても有用されていましたが、マヤ語のカカウァkakawがアステカのナワトル語カカウァトゥル cacahuatlに変化し、カカオ cacaoとなったものです。またチョコラテ(chocolate:チョコレート)はマヤ語のショコラ chokola (chokol:「熱い」/ a:「飲み物」、つまり「熱した飲み物」の意味)、あるいはナワトル語のショコアトゥル(xocoatl:カカオ豆をつぶして水と香辛料を加えた「聖なる苦い飲み物」)を語源とします。グアテマラ北部、熱帯密林が広がるペテン地方はアボカド(aguacateアグアカテ)の原産地です。交易関係にあったアステカ王国にも出回り、ナワトル語でアウァカトゥル(ahuacatl:実の形状が類似している「睾丸」の意味)と呼ばれました。アグアカテの語源です。グアテマラはまた世界有数のチクル(chicle)の産地です。熱帯樹サポジラ(chicozapote)の樹液を固めたものをマヤの人々はシィクテ(sicte:「血」または「生きた樹液」の意味)と称し、重要な交易品としてアステカ王国にも広まり、ナワトル語でチィクトゥリ(tzictli)と呼ばれ、のちにスペイン語のチクレ(chicle)となりました。人間の営為を支えてきた言葉の生命力です。

■アストゥリアスの作品に『トウモロコシの人間たち』があります。人間はトウモロコシから創られたとありますが、トウモロコシは、インゲンマメ(frijolフリホール)、チリトウガラシ、カボチャと並んで古代メソアメリカの4大作物です。なかでもトウモロコシは焼畑農耕によってマヤ社会を支える重要な作物です。トウモロコシの粉を練って薄くのばしたものがトルティージャ(tortilla)です。タコスには欠かせない食材ですが、ユネスコの世界遺産にも指定されているメキシコやグアテマラの伝統的な主食です。トウモロコシは「マヤの恵み」であり、メキシコから中央アメリカにおよぶメソアメリカ地域の人々の心の支えでもあるのです。

●毎月末に講座の内容をご案内します。
●放送は木曜日と金曜日、7:15~7:30(再放送は同日・午後2:45~3:00、翌週・午前11:45~0:00)同日です。
●インターネットで番組が聴けます。NHKラジオ「らじる★らじる」です。

ハバナ市街を望む

モロ要塞側から。左手奥にハバナ港がある

ハバナ大聖堂

Catedral de La Habana

モロ要塞

Castillo del Morro、ハバナ

ハバナ大劇場

Gran Teatro de La Habana、ハバナ

カピトリオ

Capitolio Nacional 旧国会議事堂、ハバナ

ハバナ旧市街

La Habana Vieja

ハバナ旧市街

ハバナ旧市街にて(楽団)

小学児童たち

ハバナ旧市街にて

フロリディータ

Floridita、ハバナ旧市街

革命広場のチェ・ゲバラ

ハバナ

国立ハバナ大学

Universidad de La Habana正門

国立ハバナ大学構内

サンティアゴ・デ・クーバ大聖堂

Catedral de Santiago de Cuba

旧モンカダ兵営

サンティアゴ・デ・クーバ

ドミノに興じる人々

サンティアゴ・デ・クーバ

カストロ兄弟

サンティアゴ・デ・クーバ

グアテマラ織を織る女性

チチカステナンゴ、グアテマラ

セマナ・サンタ(聖週間)の伝統行事

アンティグア、グアテマラ

サント・トマス教会

チチカステナンゴ、グアテマラ

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