芦沢学長鼎談シリーズ:Vol.001「『逆風』下の国際交流」(前編)

2026年4月1日、芦沢真五教授が神田外語大学学長に着任しました。
これを記念して、会員制月刊誌『大学マネジメント』で行われた座談会を、本学の特別編集ver.でお届けします。

国際交流の価値は、語学の習得だけでなく、異なる文化や価値観に触れ、多様な人とともに生きる力を育むことにあります。国際情勢の変化や留学生への誤解が広がる今、大学には、その教育的・社会的な意義を丁寧に伝える役割が求められています。前編では、留学生の受け入れや留学をめぐる課題を通じて、国際交流の本来の価値と、大学が果たすべき役割を考えます。

2026年3月22日収録 ※対談内容は収録時点のものです。
  • 小林哲夫/教育ジャーナリスト
  • 堀江未来/立命館大学グローバル教養学部長・教授
  • 芦沢真五/神田外語大学学長・教授
  • 豊島美弥子/司会:大学マネジメント編集委員(当時)、関西学院大学国際連携機構事務部長
芦沢真五/神田外語大学学長・教授
芦沢:『大学マネジメント』誌の座談会のテーマは「『逆風』下の国際交流」だとのこと。世界を見ると、ヨーロッパ各国で留学生の人数制限が設けられたり、オーストラリアでは留学生に課税する法案が審議されたりしています。結局この法案は否決されましたが、「留学生が社会に負担をかけているから対処すべきだ」という議論は各国で起きています。

 

こうした流れは日本国内にも波及しています。外国人の話題は選挙のトピックになりやすく、先日の衆議院選挙では「留学生への支援を打ち切った」という実績をうたった候補が、高い得票率で当選しました。留学生は選挙権がないので、政策アピールのターゲットにもなりやすいのでしょうね。
小林哲夫/教育ジャーナリスト
小林:コロナ以降の日本の留学生受け入れ数は、2025年末時点で46万4000人を超え、過去最高となりました。1983年に中曽根政権下で「留学生10万人計画」を提唱して以来、日本は政策として留学生受け入れ拡大を続けています。

 

しかし中国は現在、自国民に日本への渡航自粛を呼びかけており、最も多い同国からの留学生が減る可能性も出てきました。 また、送り出す側に立ってみると、アメリカが留学生への制限を強めていることも「逆風」です。すでに渡米する日本人留学生は減っていますし、2022年から続く円安も懸念の一つです。

 

さらに気になるのは、SNSを中心に国内で広まる排外主義です。とくに中国やイスラム圏への偏見や非難が多く見られ、その言説を受け入れている大学生がいることに危機感を抱いています。この国際化とは反対の動きを正すのも、今日の大学の重要な役割ではないでしょうか。
堀江未来/立命館大学グローバル教養学部長・教授
堀江:私が近年「逆風」を感じたのは、新型コロナウイルスによるパンデミックが起きたときでした。当時、私は立命館学園の附属校の校長を務めていました。いつもどおりの教育ができなくなり、最初に閉ざしたのが国際教育プログラムだったのです。

 

さらにその2年後、今度はロシアがウクライナに侵攻しました。国際教育が目指すのは平和の構築であり、多様な人と共存できる社会をつくることです。子どもたちにもそう教えてきたのに、世界では逆行することが起きてしまいました。ロシアのウクライナ侵攻はとてもショッキングな出来事で、生徒児童にどう語ったら良いのか大変戸惑いました。

 

SNSもそうですが、現実社会で起こっていることはどうしても、人々に強いメッセージを送ってしまいます。しかし大学としてもう一度、「そうではない言葉」「現実とは違うメッセージ」を発信したいと思っています。
司会:豊島美弥子/大学マネジメント編集委員(当時)
豊島:皆さんのおっしゃることは私も実感しています。

 

わが子を留学させたいと考える保護者の不安も増していますが、大学として、何かハードルが上がっているとお感じになることはありますか?
芦沢:大学がもっと早くしておくべきだったことが、後手に回ったという反省はあります。それは現在の留学生受け入れの実情、留学生の日本社会への貢献、大学がどんな立場で留学生を育成しているかといった情報を、日本社会にもっと説明しておくべきだったということです。

 

小林さんもおっしゃった「留学生10万人計画」のころは、あくまで留学生は一時的に滞在し、いずれは自国へ帰る存在でした。戦争で迷惑をかけた近隣途上国への罪滅ぼしの目的もあったので、彼らは費用面でも優遇されていました。

 

しかし、2008年に福田康夫政権が打ち出した「留学生30万人計画」のとき、すでに状況は変わっています。留学生の多くが国費から私費留学生になっていたし、日本の目的は国内のグローバル化でした。それなのに、多くの人が未だに「途上国の学生を助けてあげている」という認識から十分にシフトできていません。私費で来ている留学生に対して「日本の補助金をもらっている」という非難は的外れです。

 

国や大学がこれらを適切に指摘せずに来た結果として、現在の日本国内の状況があるのでしょう。「欧米のような拒否反応はしばらく起きないだろう」と思っていたのですが、予想よりも早く、留学生や外国人増加のバックラッシュが起きてしまいました。政策を明確にしないまま、実態としての移民が増えていることも、ネガティブな世論が再生産されている理由だと思います。

 

小林:国と大学の考え方にもギャップがあるように感じますね。国としての狙い、大学の思い、さらに当事者である留学生の願い。この三者がなかなか重ならない印象があります。

 

豊島:ギャップを生んでいる「留学生の願い」とはどんなことでしょうか?

 

小林:日本で専門性の高い知識を得ても、日本企業の受け皿がないという不満を聞くことがあります。日本の技術を母国に持ち帰ることをモチベーションに来日しても、外国人を受け入れる国内メーカーは多くないようです。
芦沢:出口の点で見ると、確かに個別のキャリア支援は必要です。ここ数年、日本人学生は9割以上の就職率を誇っていますが、留学生はせいぜい6~7割といったところ。留学生を採用するにあたって、大学で学んだことよりも日本語力に過剰にこだわる企業も少なくありません。

 

入口の点でも、さまざまな背景を持つ留学生の状況に対応して、日本の大学はもっと柔軟な国際編入制度を整えるべきだと思います。個々の状況が異なる留学生を「ひとかたまり」にカテゴライズして扱うのも合理的ではありません。例えば現在の中国人留学生は、母国の学歴社会の影響で修士以上の学位を求める傾向があります。一方でミャンマー人留学生などは、本国の情勢で大学に通えなくなったという人が少なくありません。

 

経済状況も、個人によってまったく違います。本学でも留学生への費用支援制度を用意していますが、こうしたサポートがなくても日本に来る留学生は増えています。大学も留学生の学費を一律で割引くのではなく、本当に必要な人に向けた支援制度を作り直すべきだと考えています。
堀江:私の所属する学部では授業はすべて英語で開講されています。実際の卒業生の就職実績は好調なのですが、一般論として企業の方とお話しすると、日本語能力や日本の雇用文化がハードルになっている印象を受けることがあります。

 

海外の感覚では、1社で3年経験を積んだら、また別の会社や別の国に行くことも珍しくありません。こうした感覚のズレを、日本企業の方に伝える努力も求められているかと思います。

 

小林:メディア側の人間としては、ネガティブに煽りがちな報道姿勢への反省もありますね。そもそも本当に、現状を「逆風」と表現していいのでしょうか。例えば、東大にも「在籍する大学院生の多くが中国人留学生」という研究室がありますが、この存在が報道に乗ると「中国人ばかり」という扱いになるわけです。また、とくに学部の留学生比率が高い大学が、メディアやSNSで「留学生で学生不足の穴埋めをしている」などと言われることもあります。

 

自分と異なるバックボーンを持つ人を受け入れるには、互いにリスペクトし合わなければなりません。今の社会にはそれが欠けていますよね。「これじゃだめなんだよ」ということを、僕らメディアも言っていかなければならないし、「なんでこんなにヘイトだらけなの?」「なぜ政治家がそんなことを言ってしまうの?」ということは、大学自身もしっかり正していくべきだと思います。
堀江:世代間のギャップもあるかもしれません。小中高の子どもたちから「親が特定の外国人に対して差別的なのがいやなんです」とか、「ジェンダーについてすごくひどいことを言うんです」などと相談されることはよくありました。

 

豊島:親御さんとのギャップは私も経験があります。“海外留学とは、英語圏で白人と交流するもの”というイメージが強いのか、「高いお金を払って子どもをイギリスに行かせたのに、インド人と中国人ばかりだ」というクレームを寄せる保護者は少なくありません。近年だと「戦争が起きたとき、何かあったときの責任は大学が取ってくれるのか?」なんて電話が複数かかってきたこともありました。

 

堀江:それもありますね。中学3年生全員をオーストラリアにホームステイさせるプログラムを担当していたとき、「ホストファミリーはおばあちゃん一人しかいなかった」とか「家族全員がタガログ語を話していた」とか、帰国後に不満が出たことがありました。

 

でも、事前学習で「オーストラリア社会は、家族のあり方がとても多様です」と教えるようにしたら、子どもたちの反応が大きく変わりました。むしろ予想外であることを楽しめるようになって、「うちはインド人家庭だったよ」「こっちはこんなご飯が出たよ」などと、自慢し合うみたいに話していました。
芦沢:日本の家庭にホストファミリーをやってもらったときも、「アメリカ人が来ると聞いていたのに、中国人が来てびっくりしました」と言われたことがあります。 その家庭に行った学生は中華系でしたが、国籍はアメリカ人でした。

 

保護者自身が留学を経験しているかどうかで、子どもの経験に対する受け止め方もまったく変わってくるのでしょう。日本は今、こうした世代の過渡期にあると思います。 学生だけでなく、親御さんにも丁寧に説明して、異文化交流や留学について理解してもらう必要があるかもしれません。

 

堀江:留学の価値は、英語の勉強をすることや、清潔で美しい欧米の生活を経験することだけにあるのではありません。 その国の社会構造や、ひょっとしたらネガティブなことも含めたリアルな経験をすることが、留学の本当の価値だと思います。

小林哲夫(こばやし・てつお)/教育ジャーナリスト
1995年より朝日新聞出版『大学ランキング』編集者。『筑駒の研究』(河出新書)、『学校制服とは何か その歴史と思想』 (朝日新書)、『女子学生はどう闘ってきたのか』(サイゾー)、『旧制第一中学の面目』(NHK出版新書)、『東大合格高校盛衰史』(光文社新書)、『早慶MARCH大激変 「大学序列」の最前線』(朝日新書)など、教育・社会問題についての著書多数。大学マネジメント研究会編集委員。

堀江未来(ほりえ・みき)/立命館大学グローバル教養学部教授・学部長
専門は教育社会学、多文化間共修、大学の国際化。アメリカ・ミネソタ大学博士(教育政策行政専攻、国際教育)。名古屋大学、南山大学等を経て、2009年に立命館大学に着任。立命館小学校・中学校・高等学校代表校長、サクロ・クオーレ・カトリック大学(イタリア)高等教育国際化研究センター客員研究員、ソウル国立大学比較文化研究所客員研究員、京都市外国人留学生交流等促進事業有識者会議委員などを歴任。

芦沢真五(あしざわ・しんご)/神田外語大学学長・教授
専門は比較教育、国際教育交流。アメリカ・ハーバード大学修士(教育学)。慶應義塾、大阪大学、明治大学、東洋大学、関西国際大学を経て2025年神田外語大学に着任、2026年4月より学長。UNESCO「高等教育における学修・ディプロマ・学位の認定に関する世界条約作成に向けた専門家会合」専門委員、UMAP(アジア太平洋大学交流機構)国際事務局事務次長などを歴任。

司会:豊島美弥子(とよしま・みやこ)/大学マネジメント研究会編集委員(2026年3月まで)
イギリス・リーズ大学修士(広報学)。学校法人関西学院入職後、総合企画部課長、八王子キャンパス開設準備室長等を経て2026年4月より国際連携機構事務部長。国際教育研究コンソーシアム理事。