国連はなぜ紛争を止められないのか? 元国連大使・吉川元偉先生とGLAの学生が白熱議論!――国際社会の現実と、私たちが果たすべき「道徳的責任」

 ウクライナ情勢やガザ地区やを巡る衝突など、緊迫したニュースが連日世界を揺るがしています。「どうして国際連合はこれほどの戦争や紛争を止めることができないのだろう?」と、素朴な疑問やもどかしさを抱いたことはありませんか?
 2026年5月27日(水)、グローバル・リベラルアーツ学部(GLA)グローバルスタディーズ領域の主催の「GLA教養講座」で、元国連大使で本学客員教授の吉川元偉先生を講師にお迎えした特別講義が行われました。司会は本学部の阪田恭代先生(「グローバル平和論」担当)が務めました。
 GLAの授業スタイルは、教員から一方的に知識を受け取るだけではなく、第一線で活躍してきたプロフェッショナルと同じ目線に立ち、トコトン考え、意見をぶつけ合う対話型です。
 今回は、吉川先生と本学の学生たちが「国際社会の冷酷なリアル」を直視し、これからの世界で私たちが果たすべき役割について語り合った白熱の講義の様子について、学生記者であるGLA4年の新井銀汰と3年の木村友がレポートします。

元国連大使と考える、国連が直面する「2つの限界」

 講義の中で吉川先生は、各地で続く紛争を前に「国連は役に立っていないのではないか」という厳しい批判があることを示し、その機能不全の背景にある国連の構造的な課題として、2つの視点を提示されました。

視点①:安保理における「拒否権」の問題
紛争の当事国や特定の国が安全保障理事会で拒否権をもつため、話し合いが決裂し、国連として有効な決定を下せなくなっている現状。

視点②:国連自体の「強制力・実力」の不在
国連は国の上にある「世界政府」ではありません。独自の軍隊や警察組織、あるいは無理やり命令に従わせるための税金制度(強制力)をもっていないため、加盟国が自発的に資金や兵力を出さない限り、実力を発揮できないという根本的な仕組みの限界。

 この2つの視点に対し、GLAの学生たちからも次々と鋭い意見が上がりました。「拒否権による話し合いの決裂と、国連自体の強制力不足は地続きの問題である」という意見や、「国連の構造以上に、常任理事国が自国の利益を最優先して譲らないこと、そしてそうした判断を下す国家リーダーたちの利己的な姿勢こそが国連の機能を止めているのではないか」という、本質迫る分析が飛び出しました。
 1648年のウェストファリア条約以来、国際社会は「国の上に立つ絶対的な支配者は存在しない(主権平等・内政不干渉)」という原則で成り立っています。だからこそ、ルールを破った国を無理やり従わせる世界警察がいないという現実を、まずは正確に理解することが国際社会での平和を守ることの難しさを理解する第一歩となります。

法律を越えた、私たちがもつべき「道徳的責任」とは?

 国連の限界(現実)を学ぶと、世界平和はどこか遠い理想のように思えてしまうかもしれません。しかし、だからこそ吉川先生と学生たちは、私たちが果たすべき「モラル・レスポンシビリティ(道徳的責任)」の重要性について議論を深めました。
 日本は世界で唯一の被爆国でありながら、現在は核兵器を保有していません。これは決して「誰かに法律で強制された義務(リーガル・レスポンシビリティ)」ではありませんが、だからこそ日本には、世界の核軍縮や平和に向けて自発的にリーダーシップを発揮していく「道徳的責任(モラル・レスポンシビリティ)」があるのではないか、という深い問いかけがなされました。
 また、神田外語大学が掲げる「言葉は世界をつなぐ平和の礎」という理念も、単なるお題目ではなく、学生たちが自発的に平和のために何ができるかを誠実に考え、実践していくための「道徳的責任」として捉え直されました。

外交の正体――江戸時代の絵画『長崎屋宴会図』が教えてくれるもの

 講義の後半、吉川先生はここまでに話したような厳しい現実の中で、私たちはどうやって平和や信頼を築いていけばいいのでしょうかという問いを私たちに投げかけてくださいました。その上で、神田外語大学の図書館(神田外語大学佐野文庫)に眠る貴重な歴史的史料である、1822年の絵画『長崎屋宴会図』を紹介してくださいました。
 そこには、江戸時代に滞在していたオランダの外交官たちと、日本の蘭学者や役人たちが、なんとお互いの服を入れ替えて着て、お酒を酌み交わし、大笑いして歌い踊る姿が生き生きと描かれていました。厳しい国家間のルールや壁があっても、当時の人々はユーモアと、むき出しの「人と人との信頼関係」を築いていたのです。
 吉川先生は、外交の根底にあるべきなのは、難しい会議や条約の文言だけではなく、「相手の反応を想像しながら、何を、どう言うかを考えること。そして、人間同士の温かい交流や信頼関係を築くこと」なのだと語ってくださいました。
 国連の事務総長であっても、実は他国に対して命令する権限はなく、できるのは「お願い(勧告)」や「対話の仲介」だけです。だからこそ、最後に世界を動かすのは、制度以上にこうした「人間味のある信頼関係」にほかなりません。

理想と現実を地続きで学ぶ、GLAの日常

 ただ語学を流暢に話せるようになるだけではなく、世界で起きている複雑な現実を直視し、その中で自分たちに何ができるのかをトコトン考え抜く。これが神田外語大学GLA学部の学びです。
 今回の特別講義は、国際舞台の実践的な姿勢に触れ、学生たちがこれからの人生やキャリアに通じる多くの学びを得る、非常に刺激的な時間となりました。
 世界に流されて生きるのか。それとも世界を変えて生きるのか。私たちは今後もこの問いを常に自身に問い直し、日々の学修を大切にしていきます。

新井 銀汰(グローバル・リベラルアーツ学部4年)

大国の思惑や、強制力をもたない国連の構造など、吉川先生の言葉は国際政治の厳しい現実を突きつけるものでした。巨大な不条理を前に、個人や一国家がいかに無力であるかという現実を直視し、もどかしさを覚えたのも事実です。 しかし、講義を終えた今、私たちが抱いているのは諦めではなく、むしろ明確な覚悟です。世界を救う完璧なシステムが存在しないからこそ、誰かに法で強制されるわけではない道徳的責任を一人ひとりが引き受け、対話を諦めない姿勢がこれからの世界を動かす力になります。国際社会の現実を知った上で、なお自分たちに何ができるかを問い続けること。その衝動に火がついた瞬間の白熱した空気こそが、グローバル・リベラルアーツ学部(GLA)が育むグローバル教養の本質であると確信しています。

木村 友(グローバル・リベラルアーツ学部3年)

私はGLA学部での学びを通じて、国際関係学に興味・関心を寄せています。私たちが暮らす日本という国が主体(アクター)として関わる国際社会において、世界はどのように平和を守ろうとしているのか——そんな疑問が出発点となり、国連をはじめとする国際機関の役割や働きに関心を抱くようになりました。 今回の講座で吉川先生との対話を重ねる中で、「国連」という組織について深く考えさせられました。改めて考えてみると、国連とは特別な権力を持つ一つの組織ではなく、主権国家が集まることで成り立つ「場」です。だからこそ、世界で起こる問題は「国連が」解決してくれるものではなく、「各国が」——より厳密に言えば、日本であればこの国の主権を持つ「私たちが」——解決しようとしなければならないのだと、私は考えます。

吉川元偉 先生
元国際連合日本政府代表部特命全権大使
神田外語大学 グローバル・コミュニケーション研究所 客員教授

1951年、奈良県生まれ。 国際基督教大学教養学部社会学科を卒業後、1974年に外務省に入省。国際連合日本政府代表部特命全権大使・常駐代表、在スペイン日本国大使館特命全権大使、初代アフガニスタン・パキスタン支援担当大使、経済協力開発機構(OECD)日本政府代表部特命全権大使等を歴任。英語、フランス語、スペイン語の3カ国語を話す。

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