第51回 – 第60回 (2004年11月~2005年7月)

第51回 - 第60回

2004年11月~2005年7月

第51回 (2004年11月)
「似て非なる」といいます。一見おなじに見えるのでかえってまごつきますが、英語のsol- のつく言葉などがその一例です。自然にやさしくということから注目を浴びているsolar energy。太陽熱利用のエネルギーですが、たくさんのsolar cell をつなげたsolar battery で駆動する自動車の存在が知られています。このsolは、太陽を意味するラテン語のsol に由来します。もうひとつのsolで始まる言葉の例としてsolitary「ひとりぼっちの」, solitude「孤独」 をあげましょう。こちらの方は「唯一の」を意味するラテン語のsolus が語源です。これはイタリア語に入って独奏を意味するsoloソロになりました。さらにもうひとつ。solicit のsolはどうでしょう。これもラテン語からの派生語ですが、「強く求める」を意味するsolicitare がその語源で、前のふたつとは無関係。英語solicitの意味は幅が広く、「懇願する」「そそのかす」から「(客の)袖を引く」までさまざまです。solicitor となると「法務官」を意味し、solicitor-general は「法務次官」となります。 石井米雄
第52回 (2004年12月)
クリスマスの季節になると街にクリスマス・キャロルが響きわたります。其のひとつに『ノエル』があることをご存知でしょう。ノエルはフランス語でNoel と綴りますが、語源はnatalis [dies] つまり「誕生の日」でキリスト生誕の日のことです。Natalis から直接でたことばにnatalityがありますが、これは統計でよく使う「出生率」を意味します。Natalis のもとをたどれば「生まれる」を意味するnasci にたどりつきます。Nasci はnascor, natus と変化します。ここまでくると、おなじみのことばに結びついていきます。nation「国民」, nationalism「ナショナリズム」, nationalize「国営化する」, nationality「国籍」 などがそれで、いずれもnatusから派生したことばです。意外に思うかもしれませんが、「自然」を意味するnature もこの仲間にはいります。「生まれた[ままの]」とでも考えればいいでしょうか。「その地固有の、生まれた土地の」を意味するnative も同じです。Native American といえば「アメリカの先住民」ということになりますね。 石井米雄
第53回 (2005年1月)
「カーナビ」をつけた車が増えました。これはcar navigationを日本流につづめた言い方で、人口衛星からの電波を地上で受信して、位置を表示する装置であることは先刻ご存じのとおりです。Navigation は「飛行機を操縦すること」「(船舶)で航海すること」を意味しますが、もともとは「航海すること」でした。というのも、これは「船」を意味するラテン語のnavis の派生語だからです。その原義は、navigable (船が通れる)などのなかにのこっています。「海軍」のnavy も同様。この-u を-v にしたnauticalも「船の」を意味します。そこでnautical mile といえば「海里」のことです。こちらの方の語源はラテン語ではなく、ギリシャ語の、同じく「船」を意味するnaus からつくられました。1954年に進水した世界最初の原子力潜水艦は「ノーチラス号」と命名されましたが、これは有名なジュール・ベルヌの科学小説『海底二万リーグ』に登場する「潜水艦」の船名です。ちなみにnautilus とイカ、タコの仲間で生きた化石といわれる「おうむがい」を意味します。 石井米雄
第54回 (2005年2月)
「バイブル」がキリスト教の『聖書』をさすことはご存知ですね。もともとこの語は「本」を意味するギリシャ語のbiblosに由来することばです。それがthe Bibleといえばキリスト教徒にとっては本の中の本とも言うべき『旧新約聖書』を指すようになりました。だからbiblical quotation といえば聖書からの引用を意味します。 ところが英語ではこのbiblos のもとの意味である「本」を指すのにbiblio- を使うことがあります。たとえばbibliography 。これは「文献一覧」「著書目録」を意味します。bibliographerは「書誌学者、書籍解題者」。本が好きでたまらない「愛書家、書籍収集家」はbibliophilとなります。このphil[os]もギリシャ語で「好みの」を意味します。Philharmonicはもとは「音楽愛好の」という意味ですが、しばしば「交響楽団」を指します。フィルハーモニーはもう日本語になりましたね。 石井米雄
第55回 (2005年2月)
ある言葉の由来がすっかり忘れられた結果が予想もつかない綴り字を生み出すことがあります。艦隊の司令官を意味するadmiral がその一例です。この語の語源はアラビア語のamir でした。中世英語までは そのまますんなりとamiral の形で入ったのですが、「提督」といえば偉い人だからでしょうか「尊敬に値する」を意味するラテン語admirabilisからの類推が働いて a と m の間に d が入り、admiral という変形が生まれ、それが現在に伝えられることになりました。ロンドンにある提督府はthe Admiralty と呼ばれています。 ちなみにこれとは語源的に無関係のラテン語の形容詞admirabilisの由緒正しい派生形は、admirableです。ラテン語の動詞admirari をベースにした英語にはadmire(尊敬する), admiration (尊敬)そしてadmirer(賛美者)などがあります。 石井米雄
第56回 (2005年3月)
diplomatが外交官であることは知っていますね。形容詞はdiplomatic。「外交的手腕のある、如才のない」という意味です。しかしdiplomacyが「外交」を意味するようになったのは、比較的あたらしいことで18世紀末とといわれています。それ以前の時代にはdiplomaticsといえば「公文書」を意味していました。当時diplomatic scienceは、文書の信憑性を調べる学問のことで、外交とは無関係でした。 今日この原義は現在「学位記」を意味するdiplomaのなかに見ることができます。ちなみにdiplomaは、「ふたつに折った」を意味するギリシャ語diploosに由来する言葉で、「ふたつ折りした(紙)」のことでした。 石井米雄
第57回 (2005年4月)
「コンプライアンス」という言葉をよく新聞などで見かけるようになりました。「法令順守」などという訳語つきで。英語で書けばcompliance となります。Complianceは動詞のcomply から派生した抽象名詞ですが、そのもとをたどるとラテン語のcompleo に行き着きます。Compleo はさらにcom とpleo に分かれますが、後者は「満たす」、com はそれをつよめたものです。動詞pleo の形容詞形はplenus で、「満たされた」という意味です。ここまでくるとcomplete「完成させる」、complement 「(足りないとことを補って)全体にする」やその形容詞のcomplementary 「補足的な」が、いずれもplenus に由来していることがわかるでしょう。 「(構成員の全員が出席して成立する)本会議、総会」をplenary session とかplenary meeting とかいうのもplenusの意味がわかれば納得がゆくと思います。 石井米雄
第58回 (2005年5月)
「ガバナンス」という言葉をよく耳にします。「統治、管理、支配」と辞書にありますが、最近の用法としては「統治力、統治法」などの意味で用いられているようです。綴りはgovernance 。この語は「政府」を指すgovernment の類縁語で、「舵をとる」という意味のラテン語の動詞guberno に由来することばです。船の舵をとるところから「導く、支配する、管理する」へと意味が拡大していきました。Governor は地方の「知事」ですが、銀行の「総裁」、協会などの「理事」の意味にも使われます。Governor-general といえば昔の植民地などの「総督」を指す名称です。Governing bodyといえば病院や学校の理事会や評議会を指します。「舵をとる、導く」というgubernoの原義はgovernessという言葉のなかにのこっています。これは「住み込みの女性家庭教師」の意味で、身近なところでは、映画「王様と私」に登場するアンナを思い出してください。彼女はEnglish governess at the Siamese court という自伝を書きました。 石井米雄
第59回 (2005年6月)
「アカウンタビリティ」ということばをよく耳にします。もとの英語accountabilityは、「説明責任」と訳されます。 形容詞のaccountableを辞書でひくと「説明する義務がある、説明できる」とありますが、もとになった動詞accountの語源をしらべてみると、ラテン語で「数える」を意味したcomputare で、これがad-のついた形でフランス語にはいり(acont, acompt)、それが中世英語を経由して今日のaccount となった歴史がわかります。原義「数える」は、英語のaccount 「計算,勘定」や,accountant 「会計係、経理士」などのなかにのこっています。 ラテン語computare のもうひとつの流れは英語ではcompute 「計算する」となりますが、これはコンピュータcomputerへとつながり、おおなじみの「コンピューターグラフィックス」computer graphics、「コンピューターゲーム」computer game などという言葉を生み出しました。 石井米雄
第60回 (2005年7月)
「コンビニ」を知らない人はいないでしょう。昼夜をとわずいつでも生活に必要な品が手に入るまことに便利な店です。英語のconvenience store を日本流に省略したものですが、文字通り「便利な店」ということです。Convenience は「いっしょにcon来るvenir、(つまり)集まる」を意味するラテン語の動詞convenir から派生したことばで、「好都合、便利な状態」と訳します。これと語源を共にする英語にconvene(参集する、会議を開催する)があります。名詞形はconvention。こちらの方も「コンベンション」という日本語になりましたね。これは「会議」とともに「慣習、しきたり」をも意味します。といえば形容詞のconventional は想像がつきますね。「伝統的な、しきたりに従った」という意味です。Conventionalism には「伝統尊重、慣例主義」といういささか後ろ向きのニュアンスがあります。 石井米雄