第41回 – 第50回 (2004年2月~2004年10月)

第41回 - 第50回

2004年2月~2004年10月

第41回 (2004年2月)
ジャーナリズムjournalismという英語はすっかり日本語になりました。この言葉は、dayを意味するフランス語jourからつくった言葉です。Journalはもともと〔日日の記録〕という意味でしたが、これは語源から意味は想像できるでしょう。現在では「日刊紙」という意味にも使います。英語でいえばnews paper です。Journalist はjournalism の仕事をしている記者や編集者などを指します。journal は、「日」という原義を離れて、定期的に刊行される雑誌の意味にも使います。学術雑誌で有名なJournal of Asian Studies などがそれにあたります。おなじ語源の言葉にもうひとつjourney があります。「センチメンタル・ジャーニー」などという風に「旅行」を意味することはご承知でしょうが、もともとは「一日の仕事」という意味でした。「東海道五十三次」を想像してみてください。一日歩くと次の宿場につきますね。journey もとの意味です。面白いことにjourney man というと、(徒弟奉公を終えた)一人前の職人を意味します。 石井米雄
第42回 (2004年3月)
ディクテーションという言葉を知っていますね。英語の「書き取り」です。これはdict- と-ationに分けられます。Dict- はラテン語で「私は言う」を意味する動詞dico の過去分詞形dictum「言われた」に由来することばです。dictumはそのままの形で英語に入り、あらたまった「声明」とか権威ある「断言」や「格言」、「金言」を意味するようになりました。dictate は、「口述筆記させる」「書き取らせる」という動詞、dictation はその名詞形です。新聞などによく登場するdictator は、もともとは「口述者」の意味ですが、「独裁者」の意味で使われることが多いようです。威圧的に自分の命令に従わせる人とでもいえるでしょうか。形容詞形はdictatorial(専制的な)、その名詞はdictatorship (独裁制)です。語源を共通にする言葉におなじみのdictionary (辞書)があります。ついでにことながら、これは普通のことばの辞書で、ギリシャ語やラテン語などの古典語の辞書はとくにlexicon と呼ぶことを覚えておきましょう。 石井米雄
第43回 (2004年3月)
「カメラ」という言葉はすっかり日本語になっています。その語源をたどるとラテン語のcamera obscuraに行きつきます。直訳すると「暗い部屋」を意味するこの言葉は、暗くした部屋の屋根や壁に小穴をあけ、反対側の白い壁や幕に外の景色をさかさまに映し出す、絵を描くときの補助装置で、紀元前にさかのぼる古い歴史をもった言葉です。部屋という意味のcameraはcameralという形容詞の形で英語に入り、立法議会の「院」を意味するようになりました。「一院制」はunicameral、「二院制」はbicameralです。それがフランス語を経由して英語に入ると音がかわってchamberとなります。Chamber of Commerceは「商工会議所」です。Chamber music は「部屋のなかで奏でる音楽」ということで「室内楽」を意味することはご存知でしょう。法廷ではなく、事務所で行う弁護士さんの活動をchamber practiceといいますが、この表現のなかにchamber < camera の原義「部屋」が生きていますね。 石井米雄
第44回 (2004年4月)
「アイデンティティ」が日常的な文脈のなかで用いられるようになったおかげで、「自己同一性」などというむずかしい訳語は影が薄くなってしまったようです。そもそもこのことばの語源は「同じもの」を意味するラテン語のidem でした。英語で「AとBはidentical だ」といえば、「AとBとは同じものだ」という意味です。そこでidentifyといえば「同一物(人)であることを確認する」ことになります。これがわかればIdentity card が「身分証明書」を意味する理由はわかりますね。自分のidentity 、つまり自分が自分であることをしめすものだからです。逆にこれを否定形にしてunidentified とするとどうなるでしょう。unidentified flying object とは、正体不明の飛来物、つまり「未確認飛行物体」ということになります。現代人はしばしばidentity crisisに陥るといわれます。自分がなんのために生きているのか、自己の存在理由や使命感に自信がもてなくなることから生じる心理的不安定な状態をさすことばです。 石井米雄
第45回 (2003年10月)
ある言葉の由来がすっかり忘れられた結果が予想もつかない綴り字を生み出すことがあります。艦隊の司令官を意味するadmiral がその一例です。この語の語源はアラビア語のamir でした。中世英語までは そのまますんなりとamiral の形で入ったのですが、「提督」といえば偉い人だからでしょうか「尊敬に値する」を意味するラテン語admirabilisからの類推が働いて a と m の間に d が入り、admiral という変形が生まれ、それが現在に伝えられることになりました。ロンドンにある提督府はthe Admiralty と呼ばれています。 ちなみにこれとは語源的に無関係のラテン語の形容詞admirabilisの由緒正しい派生形は、admirableです。ラテン語の動詞admirari をベースにした英語にはadmire(尊敬する), admiration (尊敬)そしてadmirer(賛美者)などがあります。 石井米雄
第46回 (2004年6月)
トピックという言葉は日本語になりました。「話題」「論題」という意味ですが、もともと「場所」をあらわすギリシャ語の topos に由来することばです。topographyというと「場所(topos)の記述(graphy)」ですから「地形学」「地誌」。Toponymは「地名」, toponymyは「地名学」という意味です。これは「場所」に「名前」を意味するおなじくギリシャ語のonomaをつけてできた言葉です。ところで「ユートピアutopia」 は、トーマス・モア(1478-1535) が著した作品のタイトルで有名になりましたが、これは「理想郷」を意味します。このことばはtopia の前にギリシャ語の否定辞ou をつけた造語で、原義は「どこにもない(ou)ところ(topia)」、「存在しない場所」という意味です。そこでutopianといえば理想主義者あるいは空想的社会改革者。その人の考え方はutopianism となります。 石井米雄
第47回 (2004年7月)
Suburb 「郊外」。中学で習う単語です。これをsub-urb と分解してみましょう。Urb はラテン語で「都市」を意味し、sub は、「下」とか「近い」とかいう意味ですから、「都市の近く」つまり「郊外」となります。形容詞はsuburban 。urb を形容詞化したurbanは、urban population 「都市人口」のようにつかいます。近年さかんに問題となっている「都市化」はurbanizationです。動詞はurbanize。ところで「都市」の文化は「洗練されている」、「上品である」とみなされているのでurbanity といえば「洗練、上品、優雅」を意味します。複数形は「上品な立居振舞い」という意味。ちょっと形を変えたurbane は、「上品な」、「あか抜けした」です。都市と反対の田舎を指すラテン語はrus で、これから派生したrur- からrural 「田舎の、田園の」ということばが生まれました。rustic はurbanに対して「ひなびた、質素な」から「粗野な、無作法な」を意味します。 石井米雄
第48回 (2004年8月)
英語の書き取りは中学生泣かせです。とにかく読まない字があるのですから。そのいい例がdoubt。いうまでもなく発音は [daut]で、bは読みません。これは、中世フランス語の douter から中世英語に入って douten へと変化したことばで、その段階ではb はなかったのに、17世紀に入って突如として b が現れdoubt という綴りが生まれたのです。語源をさらにラテン語までさかのぼるとdubitare に行き着きます。ここではb がちゃんと発音されていました。このことに気づいた英国の物知りが、近頃は語源を知らない無学者がいてこまるとでも考えたのでしょうか、語の由来を示す読まないbを挿入し、それが世にひろまったものと思われます。この流れとは別に、ラテン語から直接造語されたいわゆる「学者語」になると、bがついているだけでなく、発音もされます。よく使われる言葉としてはdubitable (疑わしい) , 文語ではdubitative (疑っている)、dubitation (半信半疑) などがあります。いずれもラテン語からの直接の造語です。 石井米雄
第49回 (2004年9月)
「アメニティ」は、もともと産業革命のもたらした都市環境の悪化に対抗する思想を示す言葉として生まれたもので、日本でも、近年、公害問題や環境問題への関心のたかまるなかでよく耳にするようになりました。最近では『国語辞典』にも登場するようになりましたが、そこでは「住居内の器具や設備などを、便利さ快適さを宗としてくふうし整えること」と説明されています。ホテルなどにおいてある「櫛」とか「歯ブラシ」などを、「アメニティ・グッズ」というのは、こうした意味の延長と考えればいいでしょう。英語では、このような客用設備はamenitiesと複数形で示します。この言葉の語源は、「楽しい、魅力的な」を意味するラテン語amoenusの名詞形amoenitasが、中世英語のameniteを経て近代英語に入ってamenityとなったもので、とくに場所とか環境の快適さにかぎられるものではなく、「(人柄などの)感じのよさ」を指すにもつかいます。 石井米雄
第50回 (2004年10月)
「レトロ」という言葉は日本語になりました。昔を想い起こさせる様な服装や建物が目にはいると「レトロだね」などというでしょう。もともとこの言葉は「後ろに向かって」を意味するラテン語のretro に由来します。そこでこれに「見るspecto」 から派生した-spective をつければ「後ろを見る=回顧的な」となります。またこれに「行くgradior」から変化した-gress-をつけてretrogress とやれば「もとのところに戻る,後退する」となるわけです。ちなみにこれに「前へ」と意味するpro-をつけたprogress が「前進する」を意味することは先刻ご存知のことでしょう。Retroactとは「後ろに向かって働く、反動的に働く」という意味で、法律などが「遡及効果をもつ」ことを指します。その形容詞形はretroactive。レトロが「後ろ向き」であることがわかれば、宇宙船などのスピードを押さえるために逆噴射させる補助ロケットをretrorocket というわけも納得できるでしょう。 石井米雄