第31回 – 第40回 (2003年8月~2004年2月)

第31回 - 第40回

2003年8月~2004年2月

第31回 (2003年8月)
エコロジーという言葉をよく聞きます。英語で書くとecologyですが、この言葉はecoとlogyに分解できます。前者はギリシャ語のoikosで、もともと「家」という意味でした。Logyはbiology(生物学)、geology(地質学)など、学問を表す言葉ですから、ecologyとは「生物をその生活環境(oikos)との関係で研究する学問(=生態学)」となります。公害などの影響でその劣化がおそれられているのはecosystemで、これは「生態系」と訳されています。おなじくecoのついた言葉にeconomyがあります。こちらのほうはもともと「家政」という意味でしたが、それらが転じてひろく「経済」を意味するようになりました。それを研究する学問がeconomicsであることは知っていますね。統計や数学をもちいて経済理論の立証、経済問題の解明を行う研究をする学問はeconometrics。Metricaはこれもギリシャ語で「計る」を意味するmetreoから派生したことばです。 石井米雄
第32回 (2003年9月)
最近「マニフェスト」ということばが盛んに新聞紙上に登場するようになりました。各政党が国民に発表する政権公約を意味しています。「マニフェスト」で歴史上一番有名なのは1847年末に出された「共産党宣言 Manifest der kommunistischen Partei」でしょう。「マニフェスト」の直接の語源はイタリア語のManifestoですが、もとはラテン語で、manifestareという動詞から派生したことばです。ここから英語に入った動詞のmanifestは「明示する、はっきりと示す」という意味をもっています。この語の語源については異説もあるようですが、ひとつ面白い説があるので紹介しておきましょう。それはこの語をmanus+festusに分ける考え方です。Manusは前にも書いたように「手」。Festusは「つかまえられた」という意味ですから、「手でつかまえれらるようにはっきりと示す」とでもいえばいいのでしょうか。言語明瞭意味不明では「マニフェスト」にはなりませんね。ちなみに名詞としてのmanifestには、飛行機の「乗客名簿」や税関に提出する「積荷明細書」を意味することもおぼえておきましょう。 石井米雄
第33回 (2003年9月)
オリエントという言葉は日本語になってしまいましたね。形容詞のオリエンタルも同じでオリエント急行とかオリエンタル・ホテルなどという名前をよく耳にします。The Orientといえば「東洋」を意味します。orientが「東」を意味する訳を考えて見ましょう。これは「昇る」を意味するラテン語の動詞oriorの現在分詞oriensに由来する言葉です。ここで「昇る」のは「太陽」で、太陽が昇る方向ということから「東」なるわけです。オリエンテーション・キャンプなどの語源もこれと同じで、orientationは「方向付ける」を意味する動詞orientateを名詞にしたものです。あらかじめ設定された標識を、地図と磁石をつかってできるだけ早く探し、ゴールに到着する時間を競う競技の「オリエンテーリング」は、これと同じ語源のスエーデン語orienteringが英語化されてorienteeringとなったものです。 石井米雄
第34回 (2003年10月)
前回は「東」でしたから今回は「西」の話をしましょう。「東洋」のthe Orientに対して「西洋」はthe Occidentとなります。前回の語源から類推するとoccidentが「太陽が沈む方向」だと都合がいいのですが、まさにそのとおりで、語源はやはりラテン語。動詞の原型はoccidereで意味はto fall down, to perish, to dieです。その現在分詞がoccidens。そこで前とは逆に考えて「太陽が沈む方向」ということで「西」となるわけです。「東洋趣味、東洋風」をあらわすOrientalismに対してOccidentalismといえば「西洋趣味、西洋文化愛好」を意味することになります。オリエンタリズムについてはこれを東洋に後進性、官能性、受動性などのイメージを押し付けようとする西洋の東洋支配の様式だととらえるエドワード・サイード(E.W.Said)の主張があることを覚えておきましょう。 石井米雄
第35回 (2003年10月)
英語の「exit=出口」と「ambience=環境」と「itinerary=旅程」という三つの単語の共通要素はなんでしょうか。答えは-i。これはもともとラテン語でto goつまり「行く」を意味する語根でした。そこでexitをex-i-tと分解するとexは英語のfromですから、exitは「出て行く」の名詞形で「出口」となるわけです。Ambienceの方は動詞のamb-ire「歩きまわる」が転じて出来た名詞。Amb-はroundを意味するので、ambienceは「周囲の状況」「環境」さらにはその場の「雰囲気」ということになります。最後のitineraryですが、これは i から派生して「行くこと」を意味した名詞iterの変化した形で、「旅程」という意味です。これから派生したitinerantは原語により近い「巡回する、移動する」を意味する形容詞。名詞として使うと、文脈次第で「行商人」「旅芸人」「放浪者」の意味になります。 石井米雄
第36回 (2003年11月)
毎年大晦日に演奏されるのが恒例となっているベートーベンの第九は、正確に言えば「交響曲第九番ニ短調作品125」です。「作品125」はop.125と書かれるのが普通ですが、op.はラテン語のopusの省略形で、「仕事」つまり「作品」を意味します。その複数形のoperaはそのままイタリア語に入ってoperaオペラすなわち「歌劇」となりました。これと語源が同じ動詞のoperateは、もともと「動く、働く」という意味でしたが、意味が広がって「機能する、手術する、経営する、事業を行う」となりました。その名詞系のoperationは、辞書では「手術」が最初に挙げられていますが、ひろく「(救助活動などの)活動」、「(機械の)操作」などを意味します。それがoperationsと複数形になると、とくに「軍事作戦」とか、「(空港の)管制室」などを意味するようになります。Operatorは電話のオペレーター(交換手)などすっかり日本語になってしまいましたね。イタリア語のoperaは縮小形ではoperettaとなりますが、これはオペレッタです。それが喜歌劇や軽歌劇を意味することは説明するまでもないでしょう。すでに日本語の一部となっているのですから。 石井米雄
第37回 (2003年12月)
超音速機を英語でsupersonic plane ということはご存知ですね。 supersonic はsuper-son-ic と分解できます。Super はラテン語の前置詞で「の上」であることは以前書いたことがありますが、そこから「を超える」の意味にもつかいます。son はラテン語のsonus から出た言葉で、意味は「音」。英語のsonorous(響き渡る)やsonority (響き)は、いずれもsonusを語幹とした語です。これに前綴りのre-をつけたresonance が「反響、共鳴」を意味する理由はすぐ見当がつきますね。「りそな銀行」という名前の銀行がありますが、これはこの「りそなんす」にちなんだ名前ではないでしょうか。「(心地よい)音がひびきつづけること」。つまり名声がいつまでもつづくという意味でしょうか。その反対がdis- のついたdissonanceで、これは「不協和音」。Dissonantの方は「耳障りな」ということになります。 石井米雄
第38回 (2004年1月)
ラテン語にliber という言葉があります。もとは「社会的・政治的に制約されていない」とか「負債を負っていない」といった意味でしたが、広く「自由な」と訳されています。これが英語に入ってliberal (自由な)や名詞形のliberty (自由)の語源になりました。「自由主義」のliberalism も同じです。動詞にしてliberate とすれば「解放する」となります。「解放者」はliberator 「解放」がliberation であることはすぐに類推できますね。Liberal artsは、大学などの一般教養科目のことで、哲学、歴史、文学、言語などの科目を含みます。 ラテン語で注意しなければいけないのは母音に長短の区別があることで、同じくliber と書かれるのですが、母音が短く、「書籍」を意味するliber という言葉があります。これも英語に入っているのですが、母音の長さの違いからliber ではなくlibr‐のかたちで入りました。Library (図書館)、librarian (図書館員)がそれです。 石井米雄
第39回 (2004年1月)
紀元前は英語ではB.C.で表します。いうまでもなくbefore Christ の略です。ところで紀元後はA.D.ですがこれは Anno Domini というラテン語の略で、「わが主の年」という意味です。ついでのことながらA.D.は原則として数字の前に、B.C.の方は数字の後ろにつけることを覚えておきましょう。〔アメリカではA,D,を後ろに置くことがあります〕さてanno {< annus} 〔年〕ですが、これから派生した英語に形容詞のannualがあります。「一年間の、年一回の」という意味です。「2」を意味するbi-をつけてbiannual とすると「年2回の」という意味になります。年2回発行の雑誌などというときに使います。Annuity という名詞は「年金」です。そこでA life annuity は「終身年金」ということになります。ann-は英語に入るとき形が変わりenn-になることがあります。その例がperennial で、「(年をこえて)永続的な、繰り返し起こる」を意味します。植物につかえば「多年生の」ということ。「百周年記念」などにつかうcentennial は「百」を意味するcent-をつけたものです。「100歳の、100年の」を意味するcentenarianでは、語源が忘れられたのでしょうか、ふたつあったはずのnがひとつになっています。 石井米雄
第40回 (2004年2月)
きょうはふたつのhomoを取り上げましょう。最初はmankind を意味するhomo sapiens. のhomo。これはラテン語で「人間」の意味です。社会がすべてカーストによって階層化されていると考えるインド人を目してhomo hierachicusと呼んだ学者がいます。Homoが「人」ならばそれを殺す「人殺し」はhomicideです。もうひとつ似て非なるhomoがあります。こちらの方はギリシャ語で、「同じ、似た」を意味する言葉です。このhomoついた言葉は英語にたくさんあります。「ホモ」という日本語になってしまったようなhomosexualなどはそのひとつです。Homophone は「同音異義語」。「均質にする」はhomogenize。Homoのつぎにくる言葉の意味がわかればすぐわかるでしょう。日本語になったモノクロ・フィルムから類推すればhomochrome, homochromatic が「単色の」であることは想像できますね。Homocentric は「同じ中心をもつ」という意味です。 石井米雄