第14回 「花ざかりの初夏」

今年は5月中頃から下旬にかけて、食堂(ラパス)の前でナツミカンが花盛りでした。

柑橘類の花は白くて小さく、あまり見栄えはしませんけれど、素晴らしい香りがします。アロマ・オイルに詳しい人は、ネロリという精油がオレンジの花から採れることをご存知でしょう。柑橘類の実とはまた違った甘やかな香りは、ヨーロッパでも昔から愛されてきました。元祖オーデコロン、Kölnisches Wasser (「ケルンの水」の意。ドイツのケルンという町で作られたため)の主要な香り成分もネロリですから、「夏みかんの花の香りってどんなのか知らないなぁ」という方も、どこかで同じ香りを嗅いだことはあると思います。

関東では初夏から夏にかけて、やや地味な小さい白い花々が次々と咲きます。その多くは、強い芳香を放ちます。視覚刺激よりも嗅覚刺激に強く惹き付けられる昆虫(たとえばガやハナアブやコガネムシの仲間)を、主な花粉媒介者にしているのかもしれません。目立つ大きな花を咲かせるにも、香り成分を放出するにも、植物にとってはコストがかかりますから、「顧客」(花粉媒介者)に合わせて他の余分なコストは削減した方が良いのでしょう。 一方、鮮やかな色の花々には、一般的には視覚刺激に惹き付けられる昆虫が訪れます。その筆頭は何といってもハナバチ類です。ミツバチ、クマバチ、マルハナバチやヒゲナガハナバチの仲間などが、イングリッシュ・ガーデンにもせっせと吸蜜に来ています(クマバチは大きくて迫力満点ですから怖がる学生も多いのですが、触ったり追い払おうとしなければ刺されることもありません。ご心配なく)。
イングリッシュ・ガーデンで観察していると、ハナバチ類はラベンダーやパイナップル・セージなど、シソ科のハーブ類に多く訪れているようです。真っ赤なポピーや色鮮やかで香りも良いバラには、あまり昆虫が来ていませんでした。ヒトにとって美しく見える花でも、訪花性昆虫にとって「美味しそう」に見えるかどうかは、また別問題です。「この花にはどんな昆虫が来るのか、この花のどこが昆虫にとって魅力なのだろう」などと考えながら、今日も私は庭をうろうろ歩いているかもしれません。