第11回 「石井米雄先生との出会い」

最初に研究室に伺った時、自己紹介もそこそこにどんどん質問をしたところ、石井先生は真面目に楽しそうに答えて下さいました。

2月12日に本学の前学長、石井米雄先生が亡くなられました。ご葬儀にうかがい、お部屋の本棚にラテン語と古典ギリシア語の辞書を見つけた時、私は涙が止まらなくなってしまいました。なぜなら、私と石井先生の最初の出会いは、この2つの古典語に関することだったからです。

私は生物学が専門です。生物の正式な種名は「学名」と言われるもので、ラテン語、もしくは他言語であってもラテン語の文法規則に従って「二名法」という法則で命名されます。 たとえば私たちヒトには、Homo sapiens という学名がついています。前半の「Homo」は「人間」という意味、後半の「sapiens」は「知恵のある」という意味です(昨今の人間社会を見ると、「知恵のある」というのは嘘ではないか、と思えますが・・・)。 しかし学名の起源はギリシア語のこともありますし、大きなグループを示す言葉もギリシア語のことが多いのです(例えばエビやカニの仲間は、十脚目 Decapoda)。生物学科ではヨーロッパ古典語は教えてくれませんでしたから、独習したいと考えていましたが、どうすれば良いのか分かりませんでした。
そこへ、2008年から神田外語大学に勤務できることになったのです。タイ語専攻の重富スパポン先生から、石井先生の自伝「道は、ひらける」(めこん)を貸していただき、あまりの面白さに一気に読みました。 文章の端々から顔をのぞかせる石井先生のお人柄は、好奇心旺盛で率直、現場主義者で行動的、誠実で粘り強くユーモラスで、是非お会いしたい、と強く思いました。それにポリグロットの先生なら、ヨーロッパ古典言語もお手の物でしょう。 最初に研究室に伺った時、自己紹介もそこそこにどんどん質問をしたところ、石井先生は真面目に楽しそうに答えて下さいました。「道は、ひらける」(めこん)から推測した通りの、本当に素敵な方でした。そしてお会いした直後に、素晴らしい本を送って下さったのです。「科学用語 語源辞典」のラテン語篇とギリシア語篇(大槻真一郎編著、同学社)、それに羅英辞典と希英辞典(古典ギリシア語)です。
石井先生はいつもニコニコと優しい笑顔で接して下さっていましたが、研究者としての厳しさも併せ持っていらっしゃいました。 大学の教員は、教師であると同時に研究者でなければなりません。研究を怠らないことによって、初めて学生に教えられるのです。だからでしょう、石井先生はしばしば”Publish or perish”(論文を発表しなければ消え去るのみ)という、世界の研究者に共通する言葉をおっしゃっていました。 ご本を下さったのは、「頑張りなさい」と励まして下さったのと同じです。石井先生のことを思うとまだ泣いてしまうのですけれど、泣きながらでも頑張ります。教育も、研究も。見ていて下さいますね、先生。
オオイヌノフグリ Veronica persica(6号館前にて) Veronica はキリスト教の聖女の名前。persica (persicus)は「ペルシアの」の意。原産地が西アジアであることが学名から分かります。移入種ではありますが、早春を彩る美しい花ですね。