第10回 「月桂冠より煮込み料理」

固くてぴかぴかした葉の先端をちょっとちぎって、指先で揉むと、良い香りがします。

4号館の庭側、イングリッシュ・ガーデンとの間の生け垣がゲッケイジュ(月桂樹、クスノキ科)であることを知っている人は、意外に少ないようです。実に立派な生け垣で、高さといい幅といい、少しくらい葉を摘んでも全く大丈夫という安心感が素敵ですね。

固くてぴかぴかした葉の先端をちょっとちぎって、指先で揉むと、良い香りがします。歩きながらこうして香りをかぐのも、庭歩きの楽しみの1つです。世界を認識する時には、五感のうちできるだけ多くの感覚を意識的に使った方が、生き生きとした印象が心に残るような気がします。 クスノキ科は葉や樹皮に香りがあるものが多く、また葉も固いためか、あまり虫に食われないようです。しかし樹液を吸うカイガラムシの仲間が付くことがあり、学内のゲッケイジュもかなりルビーロウカイガラムシに取り付かれています(4号館の脇の生け垣は、まだあまり被害に遭っていませんが)。 ゲッケイジュの葉を乾燥させたものは、「ローレル」あるいは「ローリエ」といって、普通にスーパーでも売っています。シチューやカレー、洋風の煮込み料理に香り付けとして入れます。カレーのように元々香りの強いお料理よりも、あまり香辛料を使わないお料理(例えば肉と野菜のコンソメ味の煮込みなど)に入れた方が、ゲッケイジュ本来の香りが生かせるように思います。
大学のゲッケイジュの葉も乾燥させればこうして使えます。実際使ってみましたが、お鍋の蓋を開けた瞬間に立ち上る香りは、素晴らしいものでした。常緑樹ですので、古い葉は排気ガスなどで汚れているため、まだ汚れていない比較的若い葉(枝の先端部の葉)を摘み、洗って拭いてから乾燥させて使います。ティッシュペーパーに挟み、本や雑誌などで押しておけば、平たい状態で乾きますから保存にも便利です。 古代ギリシアでは、詩人たちが詩作を競い、優勝者にゲッケイジュの冠(月桂冠)が名誉のしるしとして与えられました 1)。オリンピックで優勝者がかぶるのも、月桂冠です。私自身は月桂冠を戴くことはまずないでしょうが、かりにあったとしたら・・・、家で乾燥させて煮込みに使ってしまうでしょう。こんな冬の寒い日々には、月桂冠の栄誉よりも、ほっこり温まる煮込み料理の方がずっといい、と思いませんか? 1) ギリシア神話の中に、太陽と詩作の神アポロンが、川の神の娘ダプネー(ダフネー)に恋をする話があります。ダプネーはアポロンから逃れようとし、月桂樹に姿を変えてしまった、と言われています。「ギリシア・ローマ神話」(ブルフィンチ著)などに詳しく載っています。