自己実現を果たすために邁進した日々

 大学では英文科に所属していたので英文を読むことばかりで、英語を話す機会がなかったため、大学卒業後は会議通訳者の学校に通いました。それまで普通の英語教育しか受けてこなかったので、当初は全然英語が口から出てきませんでした。そのため、日英の同時通訳をする時は、個別ブースに入って訓練するのですが、隣のブースの人が英語を話すのを聞いて、それを真似していました。それでも必死に同時通訳やシャドーイングの訓練をしていくうちに、英語を話す力がメキメキとついていくのを感じました。またイギリスに約半年留学をして、速記で有名なピットマンスクールという秘書養成学校にも通いました。その後、ジョンソン・エンド・ジョンソンなど、外資系企業でバイリンガルセクレタリーとして勤務をしました。

全てが今に繋がったバイリンガルセクレタリーの経験

 私はアメリカ本社から来ている組織のトップをバイリンガルセクレタリーとして担当していました。そのトップに日本人のマネージャーの方がレポートするのですが、異文化間のミスコミュニケーションなども結構ありました。それらを克服し、チームとしてまとめ上げることができたときはすごく嬉しかったです。秘書としての会議通訳は、その背景がわかっているためやりやすく、組織全体の実績に繋がる仕事には特にやりがいを感じました。しかし、秘書を辞め、長年の夢であった通訳者になったとき、通訳者というのは自分の意見を出してはいけないことに、今さらながら気づきました。そこで、自分の意見を発信でき、自己実現ができる仕事として大学教員の道を選びました。業界を越えての大きな転身でしたが、民間企業での経験が教員の仕事に全て繋がっています。一番大きなところでは、言語能力とコミュニケーション能力が全く違うということに気づけたことです。企業にいたときの問題意識が今の私の研究の原点となっています。

プレゼンは聴衆とのコミュニケーション

 プレゼンというのは、プレゼン発表の遥か前から始まっていて、その後も実は続いています。特に発表前の「聴衆分析」は最も大切です。というのも、聴衆の興味があることを言えるがどうかが決め手となるからです。構成や英語の表現レベルも聴衆に合わせる必要があります。また聴衆とのラポール形成(※1)もとても大切なことです。それだけでも会場の雰囲気や聴衆の反応は全然違います。プレゼンというのは一方向のものと思われがちですが、それは違います。聴衆とともに作り上げていく、インタラクティブな作品なのです。上手い英語を話して、それで満足するのではなく、皆さんには聴衆とコミュニケーションを相互に取りながら、発表をしてほしいと思います。
 また発表後は、自分のプレゼンを撮影や録音したものを振り返ってください。その際は反省するだけでなく、良かったところも見つけることが大切です。録画では、これまで気づかなかった意外な自分の癖や、録音では、思っていたよりも長い間を取っていることなど、気づくことができるのでお勧めです。日本の学生の場合、単語ごとにポツポツと切れてしまいがちなので、録音したものを聞いてフレーズとして滑らかに話すように改善するだけでも、全然印象が変わると思います。

※1…信頼関係を構築すること。心理学ではラポール形成をすることは、コミュニケーションの大前提と言われている

自己を分析し、強みを生かしたプレゼンに

 民間企業に勤務していた時に多くのプレゼンを見てきましたが、最も心に残ったのはビジネスパーソンではなく、学会で出会った先生のプレゼンです。イギリスの俳優のように複式呼吸を使って深い音で英語を話す先生や、冒頭の「つかみ」が上手い先生など、英語が上手いだけでなく、その人にしかできない個性がありました。聴衆を知る、他者を知るという話をしましたが、自分を知ることも凄く重要です。他者を真似るのではなく、自分の強みやできないことを分析し、自分なりの個性のあるプレゼンを作ってください。
 このコンテストは、プレゼンをすることに慣れる、場数を増やすという点においても、是非、皆さんにチャレンジして欲しいと思います。また自分の限界はここだと決めてはいけません。実際の場になると、爆発的なエネルギーが出ることがありますし、プレゼンは英語力だけでなく、トータルの力が求められるので、人間力を全面に出して素晴らしいものを目指してください。

学生の皆さんに向けてメッセージ

 私は外資系企業に勤める中で、異文化理解の大切さというのは、外国語コミュニケーションにおいてだけでなく、全てのコミュニケーションに通ずるということを学びました。日本人同士のコミュニケーションでも完全に同じ理解というのはありえないですし、それぞれの背景知識も違えば、世代間や男女間などでも違います。だからこそ、学生の皆さんには、英語のスキルはもちろんですが、できるだけ人間を知るため、幅広くいろんな人とコミュニケーションを取ってほしいと思います。大学生という枠にこだわらず、いろんな世代の方や、海外の文化的背景を持つ人たちとコミュニケーションを増やすことによって、背景のすり合わせの仕方や、どういう人がどういう興味を持っているかというのを知ることができるはずです。あとは、どんなに準備をしても絶対に失敗することはあるので、パニックに陥らないように心がけてください。失敗は失態にもチャンスにもなります。失敗も笑いに変える余裕を持つことで、かえっていいプレゼンになることもよくあるので、日頃から臨機応変な対応力を磨いてください。