第56回 “Re-entering overseas markets with i mode as well under red shark business method !” (コバンザメ商法のもと、iモードでも海外市場再参入を!)

海外市場に再参入を果たす!

 開発陣の頑張りで2.5Gの携帯端末がとうとう出来上がり、イタリア市場にリリースしました。まずはディストリビューター経由の販売で、とにかく商品を出すことが先決でしたので販売は苦戦しました。携帯オペレーター、特に業界をリードするTIM(日本のドコモに当たる携帯オペレーター)が採用すれば勢いがつくのですが、今回はそこまで商品に自信はありませんでした。かつて、Samsungは、30人以上のエンジニアをTIMのオフィスに張り付かせ、日々フィールドテストを実施し、徹底的にTIMをサポートしました。そこまでしてようやくTIMに食い込んだのです。我々は、携帯電話サービス開始(1990年)からTIMに入り込んで長年信頼関係を築いてきたので、商品力さえ付いてくればTIMへの食い込みは実現します。何よりも社長のブレべッティがTIMの社長と揺るぎない関係を築いているのが最大の強みでした。

 しかしながら、我々としては携帯端末の海外市場に再参入を果たすことが第一の目標でしたので、TIMに入り込めなくとも今回は良しとしました。それでもイタリア会社はこれまでのノウハウ、経験を活かして拡販を図り、善戦しました。しかし、いかんせん商品に決定力がなく、次機種に期待を託さざるを得ませんでした。何年かぶりに携帯端末ビジネスの復活を果たすことができたことは、イタリア人の同僚たちも私も一緒にビジネスができることで喜びを感じました。サッカーの話から女性の話まで冗談を言い合いながらイタリア人と仕事ができることは私にとって何よりも愉しいことでした。

iモードでも海外展開を

 一方、NTTドコモとのアライアンス戦略(iモードの海外展開)も平行して走っていて、イタリア市場に参入した数か月後にオランダ市場にも参入しました。KPNというオペレーターにiモード端末の大量受注を取ったのです。こちらは私の上司がKPNとの交渉で勝ち取ったビジネスでした。日本では1998年2月にiモードサービスが始まり、爆発的な売れ行きが続いていました。KPNへのiモード携帯端末はイタリア市場に出した商品をiモード対応(iモードのブラウザでiモード独自のコンテンツが走る端末)に変更した端末でした。日本市場で販売している端末よりも大きく、何より日本市場はPDCという海外の通信システムとは違う日本の独自仕様でしたので、そのまま流用できず、結局、海外仕様として大幅な開発時間と費用がかかるのでした。

 日本人が陥る罠とは?!

 海外のiモードはドコモが資本投下したオペレーターに販売していきました。欧州と台湾がその市場でした。我々は、オランダを皮切りに台湾、ドイツ、フランス、イタリア、スペインと海外iモードビジネスを展開していきました。オランダで受注を取った私の上司は、ハチソン向けの3Gに注力することになり、台湾以降のiモード展開は私が推進することになりました。ところが、NTTドコモに乗っかるコバンザメ戦略は、日本と同じようにはなかなかいきませんでした。あれだけ爆発的に日本で売れているiモードがなぜ海外市場では売れないのか。実はここに日本人が陥る罠があったのです。その罠とは?!

第56回グローバルの窓サブネイル.jpg