第55回 “Che bello ! (How great!) Come to Italy with prototype.” (すばらしい!試作機を持ってイタリアに来てくれ!)

 まずはイタリア市場から

 明快な事業戦略のもと、開発部隊は2.5Gの技術トランスファーを受け、携帯端末機の開発に専念する一方、私は欧州プロジェクトのリーダーとして、来るべき欧州市場での拡販準備をしていました。携帯のアナログ市場でNECが欧州の中で一番シェアの高かったイタリア市場をメインターゲットにしました。「まずは2.5Gの端末を市場に出すことが大事で、商品力はそこそこでやむなし」という状況でしたので、携帯オペレーター向けではなく、ディストリビューター向けの販売を最初のターゲット顧客に置きました。オペレーターは品質やデザインにうるさく、こちらの意向だけでは進まない面があったからです。

かつての同僚たちと再チャレンジ!

 イタリアの現地法人は、10年前のセールスマネジャーはもういませんでしたが、新たにビロッタという紳士(?)がセールスマネジャーとして加入していました。私の元上司(日本人)は10年間社長を務めたあと日本に帰任され、新たに社長としてブレべッティ(元技術マネジャー)を指名しました。10年間、イタリア会社の黒字を守った日本人社長は、イタリア人にバトンタッチしたのです。かつて、私の奥さんに会社の名刺でなく、ご自身のプライベートの名刺を渡された方です。売掛金が滞留したときは、即ミーティングを打ち切り、私を含めた3人のマネジャーに客先を訪問させ、交渉するよう指示された方です。 

 私は、元社長の薫陶を受けたかつてのイタリア人同僚たちと再び仕事ができることを喜びました。アナログ携帯端末時代には、モトローラ、エリクソンと市場を分かち、25%以上のシェアを保持していたポジションを2.5Gのデジタル携帯端末市場で再び!という目標を掲げました。イタリア人も一旦途絶えた携帯端末のビジネスに再びチャレンジできるということで大いに盛り上がりました。私も気心知れた仲間と新しいチャレンジに臨める喜びを大いに感じ、捲土重来の夢が大きく膨んでいきました。

目の前に試作機が!

 「やっぱりパリはパリでした」からちょうど1年後の12月、開発部隊は最後の開発段階にまで漕ぎつけ、フランスの開発拠点に集結し、日夜励んでいました。私もその熱い空気の中、商品が出来上がるのを見守りつつ、販売の準備を進めていました。週末、少しだけ時間ができたので、私は午前中に大好きなムリリョの「聖母像」を観にルーブル美術館に来ていました。そのとき携帯電話が鳴りました。「仲さん、試作機ができたよ、すぐ来てよ!」との言葉が飛び込んできました。私は心躍らせ、絵画鑑賞を中断し、開発オフィスに向かいました。

 オフィスに着くや、目の前にGPRS(2.5G)市場に参入できる商品が飛び込んできました!GSM(2G)市場に参入できなかった我々ですが、ついにここまで来たんだという実感がありました。あとはフィールドでのテストです。8合目まで来たという感じです。私はすぐイタリアに電話しました。イタリア人も「Che bello!」と喜び、「試作機を持ってすぐイタリアに来てくれ!」と言います。久々に味わうこの感覚!商品が出来上がる前の盛り上がりを私は心ゆくまで堪能しました。

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