神田外語グループのいしずえを築いてきた人々

第8回 山岸秀豪佐野学園監事『受け継がれゆく創業の精神』

「お前、学校を本気でやる気だったら、
その家は止めろ」と公一先生は言った。

生前、公一先生は、隆治会長に対して厳しかった。とりわけ、学院が始まってからの数年間はすごかった。人前であっても、何か悪いと思うと構わず怒った。「百獣の王であるライオンは、千尋の谷に我が子を突き落として、這い上がって来た子だけを育てる」と言いますが、まさにそのものだった。

公一先生からは、「後継者を育てたい」という想いがひしひしと伝わってきましたよ。また、隆治会長ご自身も自活して、起業の大変さを経験していたからこそ、公一先生の厳しい指導によって成長されたのでしょう。その後、隆治会長は、25年間あまり理事長をやられて、佐野学園の基礎をしっかりとお創りになった。それは、あの時期の公一先生の厳しさがあったからこそだと、僕は思います。

印象に残っていることがあります。隆治会長は、大学時代から家を出て、20代は自活をされていました。昭和38(1963)年、セントラル米英語学院の開学後に、佐野家に戻るのだけれど、そのときには世田谷区に家を建てる計画があった。30歳前後で、世田谷に家を建てる資金を作れるなんて、それもすごいけれどね。実は、建前まで決まっていたようです。でも、公一先生はそれに待ったをかけた。

「お前、学校を本気でやる気だったら、その家は止めろ」と公一先生はおっしゃった。法人の最高責任者は何かあったとき、直ちに本部へ駆けつけなければならない。いざというときは、歩いてでも通えなければならない、と。だから、経営者の家は、それぐらい近いところになければならない、というのが公一先生の考えでした。隆治会長は、素直に公一先生の言うことを聞いて、世田谷の家はすっぱりと諦めた。大英断です。すごく立派だと思いました。

隆治会長は、確かに公一先生とは性格的に合わなかった面もあったかもしれません。でも、会長は、公一先生、そしてきく枝先生の創業の精神というものをよく理解していると思う。最近、隆治会長が公一先生に驚くほど似てきた。顔から、考え方までそっくりなときがある。僕はよく、「ますます似てきたよ」と冷やかしている。本人は、複雑な顔をしますけどね(笑)。(9/11)

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写真撮影:塩澤秀樹
取材・文:山口剛

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