CULTURE

ソウル今便り5「韓国はお正月が2回ある」

2022/12/25

文&写真 黒田 勝弘(アジア言語学科韓国語専攻客員教授)

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韓国では年齢の数え方が2通りある。生まれた時はすでに1歳という数え年と、誕生日が来て1歳という満年齢ですが、このほど政府が満年齢に統一するといって話題になっています。古い世代は数え年を使う人が多かったので、今回の措置でお年寄りは1つ若返るといって喜んでいます。国際的には満年齢が一般的なようですが、数え年も意味はある。母の胎内で命を宿した時が生命のスタートなので、出産と同時に1歳といってもいいわけです。この数え年と満年齢という2重性に似たものとして、お正月にも旧正月と新正月というのがあって、実は韓国人はお正月を1年に2回楽しんでいるんですね。

これはカレンダーの旧暦(陰暦)と新暦(陽暦)で1月1日が異なることからきている。日常生活は日本と同じく新暦ですが、韓国社会には旧暦文化(風習)が強く残っているので、正月についても旧暦と新暦で2回公休日がくるようになってる。たとえば韓国で最大の祝祭日は旧暦元日の「ソル」と秋の「チュソク(秋夕、旧暦8月15日の中秋節)」でいずれも3連休になっていますが、新暦では毎年、それぞれ違った日になる。そこで新歴になじんでいる人びとにとっては、正月連休も秋夕の連休も「今年はいつだっけ?」ということになる。

光化門広場の歳末恒例の慈善募金塔

そして韓国人に「新暦と旧暦のどちらが正月らしいか?」と聞くとみんな旧暦の正月つまり旧正月の「ソル」の方だといいます。だから新正月は1月1日だけが公休日ですが、旧暦の1月1日の「ソル」の方は前後3日が公休日になっています。いずれにしろ正月休みは2回あるということですね。新・旧歴のズレはだいたい30日前後ですが、カレンダーを調べると2023年は1月22日が旧歴の1月1日(ソル)になっているので、韓国人はひと月の間に2回、正月を迎えることになります。面白いですねえ。

ところで新年に先だつ年末の風景はどうか?たとえば日本と同じく忘年会は盛況ですが旧正月の「ソル」の前にはやらないので、これはあくまで新暦行事で昔はなかったということです。つまり日本からもたらされた年末行事ということですね。韓国でも以前は「忘年会(マンニョンフェ)」といってましたが、日本語なのでまずいとなって今は「送年会(ソンニョンフェ)」といってます。

そもそも年末に「年忘れ」などといい、新年には何でも「初」をつけて心あらたまるという文化(風習)は元々、韓国にはないのです。したがって韓国の新年には日本のような「初もうで」とか「初日の出」「初荷」「初せり」「初夢」「初風呂」「書初め」「初春」「仕事はじめ」…などというのはありません。逆にいえば、新年に「初」といって何でも新しくスタートという心理は日本人独特のものなんですね。

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韓国では新正月には何もありませんが、旧正月の「ソル」には伝統風景があります。家族集まって先祖をおがみ、皆で食事して家族のきずなを確かめ合う。その際、「トックック(モチ汁)」という韓国風の雑煮を食べるのは日本と似ている。それから子供たちに「セベ(歳拝)トン」といっておカネをあげるのは、日本のお年玉と同じですね。また昔は男女とも伝統的な衣装(韓服)を着ました。女性は色鮮やかないわゆるチマ・チョゴリで、男はスソを結んだ白いズボンに黒い上着というパジ・チョゴリなどなかなか風情があったのですが、近年はまったく見かけなくなりました。日本では初もうで客など結構、着物姿を見かけますが、その点、韓国は残念ですね。それに日本では個人の家をふくめ結構、門松を飾ったりするので街にどこか正月気分がありますが、韓国にはそれがありません。

企業ビルのイルミネーションによる新年のあいさつ

ただお役所や企業ビルなんかが新正月に際し、横断幕やイルミネーションなどで新年のあいさつを掲げたりするので、多少の新年気分は感じられます。で、この新年のあいさつが面白い。昔は日本の影響で「謹賀新年」とか「賀正」といった漢字も見受けましたが、今やみんなハングルで「セへポㇰマーニパドゥセヨ」ですね。直訳すると「新年(セへ)、福(ポㇰ)をたくさん(マー二)いただいてください(パドゥセヨ)」となりますか。

韓国語を習いたてのころはこれがなかなかいいにくい。あいさつなんだからもっと簡単な言い方は無いんかしら、と悩んだものです。筆者の娘は台湾に住んでいますので、そこからの年賀状には漢字で「新年快楽」とある。個人的にはこちらの方がどこかすっきりしていて納得ですが、逆にいえばそれだけ韓国語の方が日本人にとってはよりエキゾチックという感じはします。「セへポㇰマーニパドゥセヨ」のうち、漢字からきた言葉は「ポㇰ(福)」だけで、あとはハングル文字でしか書けない固有の韓国語ですからね。

ところで最初に書いたように、韓国では新暦と旧暦で2回、正月がきます。とすると新年のあいさつはいつ言うのかです。何と、2回言うんですね。もちろん社会活動としての新年は新暦の方ですから、新年のあいさつもいわゆる新正月に交わすことが多いのですが、それでも旧正月の「ソル」にも言う人が結構いますね。外国人の筆者にはこれが面白くて、毎年、2回言わせてもらっている。その際、後にくる旧正月の「ソル」には「セへポㇰマーニパドゥセヨ、アゲイン(again)」などと冗談をいって楽しむことにしているんですね。