神田外語グループのいしずえを築いてきた人々

第24回 窪田高明 神田外語大学名誉教授『大学としての進化を支え続けた30年』

一般教育の先生方の充実が
新学科設立の「原資」となる

神田外語大学とのご縁は、僕の恩師である相良亨先生です(※1)。神田外語大学の設立に尽力された古田暁先生と懇意にされていて、「幕張に大学を創るのだけど、誰か来られる人はいますか?」と聞かれたそうです(※2)。相良先生は、「それなら窪田くんを」と僕を推薦してくれたのです。

古田先生は、講談社インターナショナルという出版社で “Kodansha Encyclopedia of Japan(『英文日本大百科事典』)”を編集された方です。

日本で評価されていない職業のひとつに百科事典の編集長があります。僕は、大学の学長なみに大変な仕事だと思います。神田外語大学において古田先生は、僕が在籍していた一般教育のトップでしたから、たくさんお話もしたし、指導も受けました。大変に立派な方でした。もっとも、糖尿病を患っていたのに、ようかんを食べ過ぎてしまうなど、とても人間らしい一面もお持ちでした。

神田外語大学は開学した当時、卒業要件が140単位で、そのうち32単位は一般教育科目でした(※3)。ですから、一般教育の先生方が教員全体の3分の1を占めていたのです。

それと神田外語大学の場合、開学にあたり、異文化コミュニケーションを専門とする学部にしようというアイディアもあり、文部省と相談していたと聞いたことがあります。ただ、当時はカタカナの学部名は認めないという、今からは信じられない状況で、「コミュニケーション学部」を名乗ることは叶わなかったのです。

その時に集まった語学以外の先生方の多くが一般教育に在籍していました。そして、平成13(2001)年4月に国際コミュニケーション学科を設置した際、そういった先生方が必要な教員数を満たす「原資」になっていったのです。(2/8)

  1. 相良亨(さがらとおる):東京大学文学部名誉教授、倫理学者。平成12(2000)年10月永眠。享年84歳。
  2. 古田暁(ふるたぎょう):神田外語大学名誉教授、異文化コミュニケーション研究所(現・グローバル・コミュニケーション研究所)初代所長。神学者としての深い教養と百科事典編集長としての人脈を生かし、神田外語大学の設立に尽力。平成25(2013)年4月永眠。享年84歳。
    » 第1回 古田暁 神田外語大学名誉教授『異文化コミュニケーションの夜明け』
  3. 1987年「講義要覧」より。
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写真撮影:塩澤秀樹
取材・文:山口剛

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