CULTURE

ソウル今便り7「韓国の春はドッときてすぐ去る」

2023/03/06

文&写真 黒田 勝弘(アジア言語学科韓国語専攻客員教授)

韓国で長い(?)冬が終わり、気温も上がって「やっと春が来たなあ…」とホッとしていたら、突然またひどく寒くなることがある。いったんしまいかけていたコートやマフラーをあわてて引っ張り出す。春の初めには毎年そんな瞬間が何回かあり、今、この原稿を書いている3月初めがそうだ。これを韓国語では「コッセム」といい、筆者の好きな韓国語の一つですね。

日本語に直訳すると「花(コッ)ねたみ(セム)」で「春が来たといって咲きはじめた花をねたんで寒さがいじわるしにやってきた」といったような意味でしょうか。日本にも「花冷え」といういい言葉があるが、この「花ねたみ」という韓国語はそれ以上になかなか味わい深い。

韓国は常緑樹が少ないので冬は緑がほとんど見当たらない。山も街も枯れ木、枯れ草だけの乾いた風景なので、春が訪れ若葉に先だって花が一斉に咲き出すと壮観だ。いかにも韓国らしく毎年、楽しみの季節でもある。その春を代表する花というと、韓国人の多くは黄色い花の「ケナリ」をあげる。1970年代の語学留学時代の学校でもそう習った。日本では「れんぎょう」といって、背の低い小さな潅木(かんぼく)で群生し、黄色い小さな花を無数につけるんですね。枯れ枝に黄色い花がワッと咲いた感じがいかにも春らしい。

「美人薄命」の木蓮

春一番のケナリ

この「ケナリ」には真偽不明のエピソードがあって、語源は英語の「キャナリー」つまり小鳥の「カナリア」だという説を聞いたとがある。昔、韓国に来た西洋人が春にこの花を見て「おお、キャナリー!」といって感嘆したことから、韓国人たちも「キャナリー」つまりり「ケナリ」というようになったとか。ホントでもウソでも、春に「ケナリ」を見るといつもこの話を思い出し楽しむことにしています。

韓国の春は「ケナリ」のほか「梅」や「木蓮」「ツツジ」さらに「あんず」や「桜」「桃」なども加わってまさに花盛りですが、筆者の好みは「木蓮(モンニョン)」ですね。ソウル・新村(シンチョン)にある自宅近くの西江(ソガン)大学で、その裏門のあたりの街路樹が「木蓮」になっている路地がある。これが春先に一斉に大きな白い花を咲かせる。200メートルほどの街路樹だから見事ですね。ところが散るのが早く、しかも大きな花びらなのでボタッ、ボタッと散る。散ると白がすぐ茶色に変色しきたなくなる。毎年この風景いや風情に接しながら「美人薄命」という言葉を思い出して納得するんですね。

新学期の西江大学キャンパス

韓国の大学は3月が入学式なので、大学街の「わが新村」もどこか初々しい雰囲気になる。その初々しさの一つが新入生たちの大学名入りのジャンパー姿だ。アスリート風というのだろうか、大学ごとに背中に英語の大学名が大きく縫い込まれたジャンパーが学内で売られていて、新入生たちは入学の喜びからよくそれを着ている。背中を見ると西江大の場合は「SOGANG」で延世大は「YONSEI」で梨花女子大は「EHWA」とあり、みんな誇らしげに見える。もちろん季節が過ぎると気恥しくなるのか、しだいに見かけなくなるのですが。

西江大生愛用のジャンパー

大学生ともなると勉強もさることながら、学生たちにとって関心の一つがアルバイトだ。学費支払いから下宿代、あるいはお小遣いなど何かと物入りである。親に負担をかけないためにアルバイトをはじめる。ただここでの話題は、学生たちのそんな懐事情のことではなく、アルバイトという言葉の話です。日本ではアルバイトを普通「バイト」というが、韓国では「アルバ」といってるんですね。だから有力なアルバイト先であるコンビニの入り口には、よく「アルバ生募集」という張り紙が出ている。

日本人が韓国にきて「アルバ」などという言葉を聞くとみんな「ん?」となる。周知のようにアルバイトは労働を意味するドイツ語だ。ドイツ語が好きだった戦前の日本の学生社会にもたらされた外来日本語である。それが日本経由で韓国でも使われるようになった。当初はそのままアルバイトといってたが、その後「アルバ」になった。

その時期は、記憶によると学生たちの間でアルバイトが広がり一般化しはじめた1990年代以降ではなかったか。何でも日本経由が多い韓国で、日本風の「バイト」ではなく独自に「アルバ」となった背景はナゾだ。若者言葉といってもいいので、ひょっとして「日本風にバイトとはいいたくない」という言語的自尊心の表れだったか?

コロナで長く韓国旅行できなかった日本の皆さん向けに、韓国の流行語を紹介しておきたい。新しいといってももうかなり経つし、それに流行語の意味とは少しずれるが、日本のお客さんはこれを耳にするとみんな「ん?」となる。実は韓国を代表する焼酎「チルロ(真露)」に「イズべ」という新しい銘柄(?)があって人気である。みんな「イズベ1本!」などと注文してるが、この「イズベ」が面白いのです。

焼酎の「真露」はハングルでは「チャミスル」(左)。右がレトロで人気の「イズべ」

これは「チルロ、イズ、バック」という英語の略なんですね。メーカーが昔のデザインのビンに昔のラベルで新商品を売り出した際、PR文句として英語で「チルロが戻ってきた!」を宣伝し、愛称として「イズべ」をはやらせたのだ。これが大ヒットし、飲み屋ではみんなイズベ、イズべ…というようになったというわけです。

ここで、としてもなぜ「イズバ」ではなく「イズべ」なのか?という疑問がわくかもしれない。これは韓国人が英語の「バック(back)」をより英語風に「ベック」と発音するからです。したがってコロナ禍で誰もが口にするようになったワクチンだって韓国では「ベクシン」なのだ。日本ではドイツ語系のワクチンだが、韓国では英語のvaccineから「ベクシン」というようになった。韓国人から「ベクシンしました?」といわれても首を傾げてはいけません。