CULTURE

ソウル今便り2「大学街の男と女の風景」

2022/09/25

文&写真 黒田 勝弘(アジア言語学科韓国語専攻客員教授)

 

1970年代から韓国ウオッチングしているが、このところソウルの若者街でちょっとした変化があることに気付きました。筆者が歳を取ったことと関係あると思うが、人びとの話し声のことです。というのは最近、人の声を含め騒音が気になるんですね。以前は「これが韓国人の活気だ!」と楽しんでいたのが、このごろは「うるさいなあ!」と思うようになったんですね。

筆者の顔写真

数年前、韓国政府のソウル在住外国人に対する世論調査で「もっとも不便なこと」のトップに「騒音」が挙げられていたので、さもありなんと思ったことがある。この「騒音」に「人の声」が含まれるのかどうかは不明でしたが、いずれにしろ韓国も今や先進国になったのだから、少し静かにならないものかと思うこのごろです。

本題に入る前に「騒音」のことに少し触れておく。実は最近、韓国で大きな社会問題になっているのがマンションなどの“床騒音”です。トラブルが高じて殺人事件にまでなるケースもよくある。筆者が住んでいる大学街のワンルーム・マンションでも、休日にはきまって管理室から案内放送で注意を呼びかけています。ちなみに韓国では床騒音のことを「チュンガンソウム(層間騒音)」といってますが、ある日、マンションのエレベーター内に入居者の手になる「パルマンチ注意!」と書かれた張り紙がありました。床騒音への抗議ですが、この「パルマンチ」が面白い。直訳すると「足ハンマー」です。床をドンドンとやるあの騒音のことをそう表現しているのです。この新造語には感心しました。日本でも輸入していいかもしれない?

「人の声」に戻れば、大学街の人通りで耳にする話し声に近年、変化があるんですね。聞こえてくる声がほとんど女性の声で、男性の声は少ないということです。つまり歩きながら大きな声を出しているのは男性じゃなくて女性なんですね。男女が一緒でも、しゃべっているのは女性の方で男性は聞き役になっている。ということは、男女関係で今や主導権を握っているのは女性なんですね。その結果、男は女の機嫌をうかがうのに汲々というのが、最近の若者街の「男と女の風景」の基本構図です。

シンチョン・ロータリーの横断歩道風景

このように女性が強くなった(?)ので、筆者のようなオジさん(いやオジイさん?)世代はいささかつらい。たとえば人通りの多い若者街ではよく人にぶつかります。韓国人はもともと知った人以外には無関心ということがあるので、歩いていても相手が目の前にくるまで知らん顔なのでよくぶつかる。その代わり、ぶつかりそうになった時、瞬間的にサッと身をかわす技術も一方では発達していますが。

ところが近年、通りでぶつかった時に相手が発する言葉に微妙な変化があるんですね。とくにぶつかってきた相手が若い女性だった場合、明らかに以前とは違う。こちらは年配者ですが、彼女らが瞬間的にどういう言葉を発するかというと「アアッ」です。以前なら「チェソンハミダ(すみません)」とか、「オモ(あらまあ)」とかいって頭を下げてくれたのですが、今や「アアッ」の一言で振り返りもせず去っていきます。「アアッ」というのは普通、モノにぶつかったりつねられたりした瞬間に「痛い!」といって発する声です。

ということは、ぶつかって「アアッ」とは自分が痛い、つまり被害者だといってるんですね。つまり相手への配慮や気遣いより、まず自分のことが先ということです。いつも自分は配慮される存在になっているので「アアッ」しか出ないようなのです。そんな女性に男たちはもてようと懸命ですから、いつも聞き役です。筆者のような昔を知るオールド韓国ウォッチャーには、いつも大声を出して威張ってるマッチョ的韓国人が懐かしいですが、したがって韓国でもすでに「草食男(チョシクナム)」という言葉が一般化してしまいました。ただ、日本経由の新造語「草食男」は日本では否定的なニュアンスが強かったように思いますが、韓国ではむしろ繊細で気配りのきく洗練された好ましい男という感じで肯定的に使われているようです。

わがシンチョン・ロータリーのテラス喫茶

そんな時代なので、筆者が住んでる大学街の「シンチョン(新村)・ロータリー」の風景も過去とは一変です。昼間からあちこちで男女が抱き合っている。ロータリーというのは5差路ですから横断歩道に信号待ちが多いのですが、とくに信号待ちではきまって1、2組がくっついて見つめ合っています。こうした若い男女風景でウォッチャーに興味深いのは、抱き合った男性がよく女性のヘアをしきりになぜたりさすったりすることです。このヘアへのこだわりぶりが目立つのですが、あれはなぜなんでしょうね?

街頭風景ではこんなこともありました。恋人とみられる若い男女が大声で言い争っている場面に出くわした時のことです。外国人ウォッチャーにとっては興味深い場面ですから、ケンカの原因は何だろうかと近寄って耳をすました。ところが男の方が突然、筆者に向かって「ムオルバ!」「カア!」と叫んだのです。日本語でいえば「何を見てやがる!」「あっちへ行け!」です。これには驚いた。本来、年配者に向かってはありない言葉です。40年の韓国生活で若者からこんな”ぞんざい語“を投げつけられたのは初めてです。「韓国も変わったなあ!」を実感させられたのだが、いや、だからこそ韓国暮らしは今も面白いということでもありますね。

書店に並んだ筆者の新著「誰が歴史を歪曲するのか」