神田外語グループのいしずえを築いてきた人々

第23回 酒井邦弥神田外語大学第5代学長 『学生が成長する舞台を作るために』

平成22(2010)年4月、神田外語大学の第5代学長にみずほホールディングス元副社長の酒井邦弥氏が就任しました。かつて第一勧業銀行専務取締役を務め、3つの銀行がみずほ銀行へと合併した時には最高責任者として交渉の矢面に立った人物です。酒井学長の就任後、神田外語大学は、他大学との連携、企業との連携、そして語学ボランティアなど学外との関係強化に力を入れていきます。異文化との関わりを原体験に持ちながら、銀行マンを経て、神田外語大学の学生に「舞台」を作るために情熱をかけるに至った物語をお聞きしました。(構成・文:山口剛/文中敬称略)

僕は中国の北京生まれです。東京で暮らしていた両親が貿易の仕事で北京に渡り、太平洋戦争が終戦する前年の昭和19(1944)年5月に僕が生まれました。中国から引き揚げて来たのは終戦の2年後。上陸用舟艇という兵士を輸送していた船で長崎の佐世保港に到着しました。

日本に来てからは母の実家があった東京の目黒で暮らしていました。両親はとても苦労したようです。引揚者は全財産を現地に置いてくるわけですから当然です。僕も小学校の頃は、「おまえの父ちゃん、支那人だ」と言われ、ずいぶんといじめられました。「引揚者」という言葉の響きも嫌いだった。かなり複雑な思いを抱えた少年時代でしたね。

体が弱くて、朝礼の時に倒れてしまうような虚弱児童でした。健康に自信がないから、自己肯定もできない。鬱々としていました。でも、高校生になってバレーボール部に入ると、身長がぐっと伸びた。体力もついて、物事を肯定的に捉えられるようになっていきました。いつも泣かされていたのに、もう喧嘩をしても負けませんからね。人生観、それで変わったと思います。

ずっと本を読むのが好きだったから、時間があると図書館に行っていました。次第にドイツ文化に憧れるようになりました。イギリスやアメリカではなく、やはりドイツ。敗戦国であり、ヒトラーを体験した国。これは面白いなと。ドイツ観念哲学に憧れ、音楽や芸術に憧れた。高校卒業後は、東京外国語大学のドイツ語学科に進みました。

東京外語大には必ず参加しなければならない課外活動として「語劇祭」があります。すべての学科の学生が参加して、学んでいる言語で劇を上演する。2年生か3年生の時にやるんですが、僕たちは、ゲーテの『ファウスト』をやろうじゃないかとなった。そして、先輩から「お前がファウストをやれ」と言われました。セリフは膨大な量のドイツ語です。夏休み中をかけて稽古をする。すさまじいエネルギーをかけましたが、おかげでセリフは今でも覚えています。

外国語は本で読んだり、書いたりするだけじゃ学べない。劇を通じて外国語を体で体験する。背景にある文化を理解し、コミュニケーションをする。語劇祭には外国語学習の本質がありました。(1/7)

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写真撮影:塩澤秀樹
取材・文:山口剛

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