神田外語グループのいしずえを築いてきた人々

第11回 佐野隆治会長『かつてない英語教育を目指した学院』

専修学校になっても、編入を認めてくれない
自分でやるしかないから、大学をつくることにした

学院では昭和45(1970)年ごろから第2外国語を選択必修にしました。世界は広い。いろんな言語があり、いろんな文化があることを実感してほしかったからです。言葉の数だけ異なる文化があり、それを本当に理解できれば、戦争も起きなくなる。言葉と文化は切り離せないんです。

当時の学院はとても学生に厳しかった。2年生に進学するときに単位が足らなければ留年ではなく、退学です。お金を払って来るわけだから、遊んでいても仕方がないでしょう。授業料を納めなくていいから、ほかのことをやればいい。若い人生を無駄にするな、という考え方です。勉強しなければ退学するのは、外国では当たり前のことです。外国の人と仕事をするには外国の基本的な習慣や考え方を理解しなければならない。勉強しない学生を退学にしたのも、国際的な常識を身をもって体験させたかったからですよ。

本当に大勢の学生諸君が来てくれました。すると、2年間じゃおもしろくない、もっと勉強したいという学生も出てきました。2000人も卒業生がいれば、数十人は大学に進学したいと考える。事務長をやっていたから学生たちの声はよく聞いていました。でも、その頃の神田外語学院は各種学校だったから、大学に入るには受験して、1年生からやり直さなくてはいけなかった。

昭和51(1976)年に専修学校法が制定されて、神田外語学院もすぐに認可を受けました。専修学校は卒業すると短大卒と同等の資格を得られます。制度的には、専門学校から大学の3年次に編入できる。でも、世間は認めませんでした。大学が受け入れてくれないんです。国や世間に腹を立ててもしょうがない。世の中なんてそんなものです。だから、自分でやるしかなかった。それで大学を作ろうということになったわけですよ。(6/6)

(次号に続く)

佐野隆治(さのりゅうじ)
昭和9(1934)年東京生まれ。慶應義塾大学法学部中退。昭和38(1963)年、神田外語学院の前身であるセントラル米英語学院の経営に参画、以来、神田外語グループの発展において中心的な役割を果たす。昭和63(1988)年に学校法人佐野学園の第3代理事長に就任。平成22(2010)年、理事長を退き、会長に就任する。平成29(2017)年3月永眠。享年82歳。

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写真撮影:塩澤秀樹
取材・文:山口剛

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