神田外語大学同窓会

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人生山あり谷あり。挫折することがあっても歩みは止めない

はじめまして。関颯太です。2017年にイベロアメリカ言語学科スペイン語専攻を卒業しました。現在は主に、アジア圏で事業展開する物流会社に勤めています。

在学中はメキシコのプエブラに1年間の留学をし、その後、日系企業の通訳としてメキシコでのインターンシップも経験しました。入学後はてっきりスペインに行くものとばかり考えていたので、これ程までにメキシコにお世話になるとは思いも寄らなかったです。

もちろん当初は怖いイメージが強い国でしたが、住めば都とはこのことかと感動した記憶があります。そんなメキシコ生活を満喫しつつ、在学中はとにかくスペイン語漬けの日々を過ごしていました。努力を努力と思わず純粋に楽しく取り組めたことは、その後の努力に対する価値観を変えたほどです。

現在の勤め先では基本的に日本語で業務を遂行していますが、韓国語と中国語は常に周りから聞こえ、社内システムはほとんど英語です。環境としてはおもしろいですが、肝心のスペイン語はというと使う機会は全くと言っていいほどありません。

大学時代からの友人(右:本人)

「学んだことを活かさないなんて勿体ない」と言う方がよくいらっしゃいます。おっしゃる通りです。しかし、たとえば会社の事業が拡大することで、いつか役立つ日が来るかもしれませんし、なにより、これまで学んだことだけに縛られる選択肢とそこから導かれるアイデアには限界があると考えます。どんどん新しいことに挑戦して、得たことを組み合わせることで、新しい何かを生み出せるはずです。

どうしてそんな風に考えられるのか?と感じる方もいらっしゃるでしょう。もしかすると、目標に向かって順調にまっすぐ進めない自分を肯定したい気持ちが要因かもしれません。

実は、卒業後は農業関係の仕事に従事しようと考えていました。祖父母が農家をしていたこともあり、農家の後継者不足問題は他人事ではなく、日本の農業体制を変えるような取り組みを模索したかったのです。

特に祖父母からの愛情に救われていたので、喜んでもらえる報告をしたいとも 考えていました。ただ、新卒で入社した会社では、入社後、農業事業部はあえなく撤退。次の会社に入ったときには農業に注力する余裕はなく、自分に精一杯で、今後の自分に不安で、今の生活を手放すことも、生活余剰金を農業投資に充てることもなく、ありきたりな生活に落ち着いてしまいました。

挫折することがあっても歩みは止めない

少し幼少期の頃について触れたいと思います。わたしは生来からだが弱く、医療費のかかる子供でした。逆に兄は体格に恵まれスポーツ万能。小さいながらに不公平さを感じていました。また、生まれたばかりの頃は目が悪く、容姿について言われたりすることもありました。そういったことが重なり偏頭痛や鼻血に悩まされるなど、ストレスから過敏性腸症候群や場面緘黙症などを患ったこともあります。

「もっと普通の人になれたら、積極的に色んなことに挑戦できたのに」と思いを巡らすこともありましたが、悪いことが起きても必ず良いことはあるものだと疑わず、悪いことなんていつか終わるものだと前向きに捉え、弱い存在ながらも、この世の正しさを常に信じ、努力を惜しまず、礼節を持って振る舞うことで際限なく成長できると考えてきました。正しくあれば、良いことは振り向いてくれると願っていました。

挫折することも多くありますが、可能な限りこの歩みは止めないよう、自分なりのペースで進んできたつもりです。賢い生き方はいまでもできませんが、この世の正しさをこの先も信じたいです。

「世界観」についても、よく考えていました。何も考えずに目の前の楽しさだけを優先する人が苦手で、とても羨ましく思っていました。こんなに目の前のことで悩む自分と、彼らとの差に世界の在り方を肯定することができませんでした。世間が言うように、世界を輝かしいものとして捉えられなかったのです。

それでも世界には美しいものがあることは、認めざるをえません。例えば、私は目が悪かったからこそ絵画を好きになり、聴覚に頼ることが多かったからこそ音楽の奥深さを知りました。私にとって輝きのない世界は、美しいものをより際立たせてくれます。悪いことの後に、良いことが見つけられた一つの例です。

幼少期

人生山あり谷あり。でもそれは最期に振り返ってみなければ分からないこと

卒業された皆さんの中にも苦労を重ね、順風満帆な人生を送っているとは言い難い方もいらっしゃると思います。中には思うように事が進まず悩みを抱え未来に絶望している方、他人の成功を妬ましく思っている方もいるかもしれません。

悩むことは未来につながる大切な通過点です。またそういう時には私という存在を知り、元気を出していただきたい。私のような人生でも、ささやかな美しさを見出すことができたのですから。

「今日を頑張ってみよう」「今週は頑張ってみよう」といったちょっとした成果が続けば、いつの間にか成長できているはずです。耐えた先には何かあるはずです。この世の正しさ、美しいと感じる自分の気持ちを少しでもいいので信じてみませんか。そうすればこれまでの道のりは肯定できるはずです。

ひとの一生は短く、これから残された時間で何ができるのかを考えたとき、怖くなることがあります。それは私個人の寿命もさることながら、たとえばコロナ禍もあり、帰省することが難しい昨今、実家の両親と顔を合わせる回数は極端に減りました。悲しいことに、田舎の祖父母と会える回数は、現状で会いに行く頻度と平均寿命を鑑みると、両手で数えられるほどでしょう。

小学生の時の絵

子どもの顔を見せることが、一番の親孝行だと言われます。きっとその通りなのでしょう。曾祖父母の膝の上に座った幼少期の自分の姿を写真で見たとき、曾祖父母が優しそうに微笑んでいるのを見て、私ですら包み込まれる愛情を感じたことがあります。曾祖母にもらったねずみの貯金箱や折り紙は、今も大切に保管しているくらいです。私が感じた愛情をいつか別の「心」に再現したいものです。

人生は山あり谷ありと言いますが、いろいろなことが起こる中、私は山を登れているでしょうか。谷から這い上がっている途中でしょうか。今が頂上だなんてことはないと思いたいですが、それは最期に振り返ってみなければ分かりません。

それでも、これからどのようなことが待ち受けているのか、私はとても楽しみです。努力を怠らない間は将来に期待が持てると思っています。いつまでも未来に心躍らせていたいものです。

 

2017年卒業
イベロアメリカ言語学科スペイン語専攻
関 颯太

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