神田外語大学同窓会

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転んでわかる人の情!相手を知り己を知れば世界は広がる!

卒業生の皆さん、こんにちは。2006年国際言語文化学科ポルトガル語専攻を卒業した田島喬介です。現在、南米のウルグアイで食肉メーカーの駐在員として働いていますが、正直、国が変わっても勤務先を変えず働き続けることがよいことなのか、ずっと南米にいていいものかと、色々な思いが複雑に交差する40歳手前の自分がいます。

日本で7年勤務した後、ブラジルで7年、そしてウルグアイで3年目に突入し、数えれば日本を離れて10年が経ちます。もう日本に戻れないなぁと思うこともあれば、逆に帰りたくないという突っ張った気持ちになることもあり、交互に湧き上がる矛盾した気持ちを少し整理する意味も込めて、これまでの自分を振り返ってみたいと思います。

初めての海外体験はブラジル

私は大学に進学するまで海外とは全く縁がありませんでした。18歳の時、たまたまフジテレビが放送していた「グレートジャーニー」という番組を通じて「世界は広い」ということに気づかされ、世界の入り口ともいえる神田外語大学に進学するきっかけとなりました(興味のある方はグレートジャーニー、関野良晴と検索してみてください)。

「世界が広い」という事を実感したのは19歳。バックパッカーでブラジル旅行をした時です。初めての海外、飛行機、見るもの、感じるもの、その土地独特の雰囲気、匂いなど全てが初めてで、新鮮なことばかりでした。その時に体感した衝撃がいつまでも忘れられず、大学時代は海外旅行をはじめ、ブラジル留学も経験し、日本を外から見ることの大切さを学びました。

卒業後に就職したのは日本企業でしたが、自分が学んだ言語を生かしながら仕事をすることで、実力を発揮できると考えていたことや、ブラジル経済も急激に成長していたことも重なり、入社後はブラジルで働くことを念頭に社内営業に励んだものです(笑)

その甲斐あってブラジル行きの切符を手にすることができたときは、一つの夢が叶ったようで毎日働くことが楽しくて仕方がありませんでした。月日の経過とともに実績が認められ、2017年にはブラジル事務所の代表という大役を担うことになったのです。ところが、就任後は苦労の連続でした。

前向きな自分が後ろ向きに。。。

単に仕事量が増えただけではありません。気を配らなければいけない範囲が一気に広がり、肩にかかる責任も大変重いものです。会社自体も発展が期待されていたこともあり、事業運営と同時に人事や管理のことも勉強しながらですから、当時は週末も関係なくがむしゃらに働いていました。

それでも中々思うようにはいかず、スタッフに隠れたところで下を向いてしまう自分らしくない自分に出会うことにもなりました。当時34歳でしたが、こんな苦労が今後数十年続くのかと弱気になっていたのも事実です。自分の力不足や弱さを痛感したと同時に、経営の難しさ、気配りや思いやりの至らなさ、そして人間らしさとは、といったことなど多くの学びがありました。

この状況を好転させようと、何とか走り続け踏ん張りましたが、結局ブラジルの事務所は閉鎖に追い込まれることに。やりきれない思いが頭の中を駆け巡り、この苦い経験を決して無駄にせず自分に厳しく仕事に取り組むことを改めて決意したのです。

心機一転ウルグアイへ!

その後、ウルグアイへ異動になります。これは会社が私に与えてくれた大きなチャンスです。話を聞いた時、心から感謝しました。向かうウルグアイの事業は2017年に150億円で買収した事業で、販路拡大と収益増を目指す方針を掲げている大変重要な投資先です。

ブラジルの事業と比べても規模は大きく、取引先(日本のみならずヨーロッパ、アメリカ、中国、南米諸国、イスラエル等)も多岐にわたり、各国の文化、礼節を学ぶ機会も多く、これまで以上に気を配らなければいけない事ばかりです。環境が変わり3年が経ちますが(2022年時点)、一日一日が勉強になることばかりで、刺激的な毎日です。

因みにウルグアイは、正式名称をウルグアイ東方共和国といって、1825年にスペインから独立した南米大陸の南東部に位置している国です(北にはブラジル、南はアルゼンチンが位置しています)が、驚くことに、一人当たりの牛肉の消費量が60㎏と世界一!牛肉に対する愛はどの国にも負けていません。2年前から日本でもウルグアイ産の牛肉が流通していますので、是非一度、ご賞味ください!

関心というよりも、学ぶことが多い子供たちの存在

家族と一緒の海外生活も10年目となりました。10歳の息子と4歳の娘がいますが、息子は1年半ほど日本で過ごした以外はブラジルで過ごし、現在ウルグアイで元気に成長しています。

実は、ウルグアイには日本人学校がありません。現地のアメリカンスクールに通っていますが、ここ最近は息子から教えてもらうことが多くなりました。入学当初は全く英語が出来ず見ているほうももどかしさがありましたが、気づけば友達の家に毎週末Sleep Overするほど学校と友達に馴染んでいます。

息子を見ていて勉強になるのは、友達と「ボーダーレス」な関係を築いていることです。私自身も海外生活を通じて、様々な国の人とのコミュニケーションは慣れている方だと思っているのですが、時として日本人的な思考に邪魔される事があります。

息子も日本人としてのアイデンティティーはありますが、人間関係の作り方、触れ合い方がなんとも自然で、その振る舞いに憧れる自分がいます。なんとなくですが、大学に入学したての時に感じた「言葉(外国語)がペラペラ話せたらな」という思いに近く、海外の人と構えることなく触れ合えたらいいなと思ってしまうのです。

その影響もあると思いますが、これまで以上に現地のスタッフと建設的な意見をぶつけ合う機会が増えたと思います。年齢や役職に関わらず自分の意見をぶつけていると自然と相手からも意見が出てくるので、議論が深まると同時に、仕事とは関係のないことや、プライベートの相談なども増えてきたように感じます。

だからこそかもしれませんが、息子の存在も重なって相手を知れば知るほど世界は広いという事を再認識しただけではなく、積極的に新しい環境(自分が知らない環境)に身を投じたほうがいいのではないかと考えることも多くなりました。まだ行ったことのない国、知らない場所は沢山あります。神田外語大学時代に培った、「知りたい」という気持ちを貪欲にこれからも追求していきたいと思います。

今でもブラジル留学中に出会った言葉が私の座右の銘になっています。

「世界は一冊の本である。旅をしない人はこの本を一ページしか読むことが出来ない。」

つまり、自分のいる場所、限られた範囲のことしかページがつづられないという事です。これからもこの精神を忘れず、実践に繋げていきたいです。

今回ブログ投稿の機会を下さった同窓会の吉野さんと、読んでくださった卒業生の皆様に感謝を申し上げ、ペンを置きたいと思います。

2006年卒
国際言語文化学科ポルトガル語専攻
田島 喬介

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