本物の英国文化を体現させるために

第4回 ジョン・スチュワート・レナルディ ブリティッシュヒルズ元儀典官『英国文化を代弁する責任を担って』

留学ができない学生たちのために
イギリスの文化と言葉を体験できる英国村を作る

広告には、「ホテルを兼ね備えた文化教育センターとしての英国村」が日本にできるとありました。とても好奇心をそそられましたね。すぐに応募をしました。役職は接客部門のマネージャーです。しばらくして、日本から、「ブリティッシュヒルズでの仕事にお誘いしたいのですが」と電話がありました。

電話の主は、ブリティッシュヒルズの教育部門の責任者であるダン・シモンズでした。私は「承知しました。お引き受けしましょう」と答えました。ブリティッシュヒルズへの参加は、私にとって新たな挑戦であるというだけでなく、私の人生においてまたとない体験になりました。

日本に到着したのは平成6(1994)年6月です。確か、開業の1カ月ほど前のことでした。建物はすでに完成しており、細部の仕上げをしていました。横浜港には続々と家具が到着します。多い時には15台のトラックが家具を運んできます。我々はトラックから荷物を降ろし、現在のリフェクトリーに運び込みました。そして、建物に照明器具を取り付け、家具を配置していきました。肉体的にはきつい仕事でしたが、非常に楽しかった。普通では体験できないことです。

実は日本に来るまで、ブリティッシュヒルズがどのような施設であるか詳細は知りませんでした。イギリスの文化と言葉を学びたい学生が飛行機に乗らなくてもバスや新幹線で訪れられるイギリス村を日本国内に作る。当時は航空券がとても高価でしたからね。

その実現のために、神田外語グループでは何年も前から調査を行い、ボーダーオークというイギリスの設計会社と契約を結んでいました。現地で樫の木材を調達し、建物を造って、解体して番号をふった部材を日本に運んで、もう一度、組み立てたのです。まるで巨大なジグソーパズルです。私は、ブリティッシュヒルズが、そんな壮大な計画であると、日本に来て初めて知ったのです。

ブリティッシュヒルズの建設は大林組によるものですが、ボーダーオークからはイギリス人の大工が派遣されていました。興味深いことがありました。イギリスの大工と日本の建築職人が交流する場面に遭遇したのです。

大工道具も日本とイギリスでは異なります。日本のノコギリには両側に刃を立ててあります。一方で、イギリスのノコギリの刃は片側です。イギリス人の大工は、「これはどう使うんだい?ずいぶんと早く、効率的に切れるじゃないか」と尋ねていました。両国の大工や建築職人の間には海を越えた協力と友情が生まれていました。そういった交流が生まれたのは、ブリティッシュヒルズがイギリスの文化を学び、忠実に建物を造ることに挑戦したからだと言えるでしょう。(2/9)

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写真撮影:塩澤秀樹
取材・文:山口剛

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