異文研キャンパス・レクチャー・シリーズ

第75回
異文研キャンパス・レクチャー・シリーズ

「映像・音声・文章の翻訳
-言語学者にとっての創造的かつ専門的展望について

講師
ディオニシオス・カプサスキス
(英・ローハンプトン大学大学院翻訳上級講師)
司会
柴原 智幸 (本学英米語学科 講師)
使用言語
英語(通訳翻訳課程学生による同時通訳あり)
日時
6月13日(月) 17:00~18:45 (開場:16:30~)
場所
神田外語大学(千葉・幕張)
6号館プレゼンテーションルーム
講師からのメッセージ

 グローバル化が進んだ現在、知識や文化の伝播、商品のマーケティングなどにおいて、視聴覚を通したコミュニケーションが中心的な手段となった。翻訳はコミュニケーションにおける重要な位置を占め続けているが、その概念も実践も変化してきた。視聴覚翻訳(AVT)は映画やテレビ、DVDやインターネットなど、スクリーン上のあらゆる言語的変換を包括的に指す用語である。

 本講義では「字幕」「吹き替え」「ボイスオーバー」という視聴覚翻訳の主要なモードについての定義づけを行う。日本では字幕が視聴覚翻訳の主要なモードであるため、本講義では特にこのモードについて重点的に述べる。字幕の基本的な特徴に関しては専用のソフトウェアを使い、実際の翻訳例を挙げて論じたい。

 講義の締めくくりとして、なぜ視聴覚翻訳を学ぶのか、どこで視聴覚翻訳を学ぶのかという点に関してディスカッションを行う。

講師紹介

ディオニシオス・カプサスキス博士は翻訳者、字幕翻訳家、編集補佐として20年間稼働してきた。字幕とボイスオーバーについて、イギリス各地の大学院で指導を担当してきており、現在はロンドンにあるローハンプトン大学大学院・視聴覚翻訳修士課程において翻訳上級講師として勤務している。政治、字幕翻訳、翻訳者教育、および20世紀のフランス文学に関する著作がある。

講演会報告

 6月14日、イギリス・ローハンプトン大学で映像翻訳を教授していらっしゃるディオニシオス・カプサスキス先生の講演会が行われました。テーマは「映像翻訳」です。講演に際し、通翻課程のメンバーが、同時通訳を行ないました。

 カプサスキス先生はギリシャ人ですが、在英15年とのことで、きれいなブリティッシュイングリッシュを話されます。話すスピードも、ルース大使ほどゆっくりではないものの、決して早口ではなく、同時通訳をする上ではほぼ理想的なスピーカーです。

 印象に残ったお話をいくつか箇条書きにします。

・翻訳とグローバル化
→植民地の発達とともにあった動き。別段目新しいことではない。
・モノリンガリズムは、世界を席巻するところまではまったく行っていない。
→ただ、「インターネットの世界における英語はどうなのですか?」と夕食の会場に向かう途中に質問したところ、「インターネットにおいては、モノリンガリズムがほぼ達成されたとも言えますね」とのことでした。
・英語が「リンガフランカ」となった場合、翻訳を使うことは地域言語・地域文化・地域のアイデンティティーを強調することにつながる。逆に、英語を使うことは、自分たちの文化を少し失うことである。
→Q&Aの際、通翻課程3年の小沼君が「しかし、私は逆に、英語を使うことで自分の文化などを知ることがある。一概には言えないのではないか」と発言。カプサスキス先生も「非常に良い視点です」と語っていらした。
・3年~7年ごとに、翻訳の需要は2倍になっている
→「しかし、それはEUの場合ではないでしょうか?加盟国が自国の言葉を使う権利が保障されており、必然的に翻訳量が増えているのでは?膨大なバックログがあるとも聞きますが。日本の場合は、そのあたりの事情は微妙です。外国に対する興味の衰えから、翻訳に対する需要も減っているような印象があります」と食事に向かう際に質問したところ、「EUに関してはそうかもしれません。しかし、先ほどの言葉は2003年に、カナダの学者が言ったことです」とのこと。
・翻訳・通訳をやるならば、外国語をマスターしているのはもちろん、母語に関しては究極の完璧さが求められる。私はギリシャに帰って新聞を読んでも楽しめない。細かい言葉のミスが気になってしまうからだ。
→言葉に非常に敏感になるこの感覚は非常に共感できた。
・字幕 vs 吹き替え。吹き替えは金がかかる。
 
・Interlingual subtitling(2つの言語の間での字幕翻訳)
・Intralingual subtitling(1つの言語の中での字幕翻訳。例えば聴覚障害者用に、聞こえてくるものすべてを「犬の鳴き声」「銃声」などと翻訳する。または語学学習用の字幕など。)
→イギリスに留学中に、「トレイン・スポッティング」という映画が話題になった。何でもスコットランドが舞台なのだが、訛りがきつすぎて、イングランドで公開されるときには英語字幕が付いたとか。これもIntralingual subtitlingになるのだろうか。
・surtitlesオペラなど、舞台芸術における字幕。舞台の上部や脇などに表示される。
・intertitles無声映画時代の吹き出し替わり、もしくは背景説明的に挿入される字幕
・Audiodescription for the blind and the visually impaired目の不自由な方のために、音声で状況説明などをする。NHKの朝の連ドラの副音声などがそれであろう。
 

 講演が終わった後、時間を15分近く延長して(すみません)、合計30分近くのQ&Aタイムを取りました。特に通訳担当の通翻生から質問が続出していました。なるべく一般の方からも質問をお受けしようとしたのですが、結果的に2人ぐらいだったでしょうか、質問をしていただいたのは。もっと手が挙がれば、通翻生の質問を削ってでもお時間をお取りしたのですが……。

 最後に私から「翻訳には『賞味期限』はあると思われますか?例えば日本にはシェイクスピアの翻訳がいくつもありますが、原作は1つのバージョンしかないのに、なぜ翻訳は「究極のバージョン」がないのでしょうか?」と質問しました。

 カプサスキス先生のお答えは「それは、言葉が生きているからです。これからも時が経つにつれて、新たな翻訳が出てくるでしょう」とのことでした。私も内心同じことを考えていたので、非常に嬉しく思いました。

 また、「通訳法Ⅲ」の受講生を引率して会場にいらしていた、通訳者の曽根和子先生からも、同通を行なった通翻課程の学生たちに対し、お褒めの言葉を頂戴いたしました。本当に良くやったと思います。私でも尻込みするような内容の通訳でした。

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写真撮影:塩澤秀樹
取材・文:山口剛

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