第6回 ”Go back to Japan right now !" ~本社を向いて仕事をする奴は要らん!~

入社して4年が終わろうとする頃、ミュンヘンに設立した現地法人へ出向を命じられました。ドイツ出向は希望していましたし、事業の核となるドイツ人(ハーターとヴァイト)とも信頼関係ができていたので、喜んで辞令を拝受しました。

 ところが、赴任して1週間も経たない頃、現地法人の社長(元課長の日本人)からガツンと大目玉を食らってしまいました。それは社長をはじめプリンター事業の営業や販売計画部、ロジスティクス部など関係者が集まるフォーキャスト会議でのことでした。生産のリードタイム(発注してから出荷するまでの期間)が3か月かかったので、現地側では販売の予測を立て、見込みで発注数量を決めないといけなかったのです。実際の販売が予測より少ないと在庫が溜まってしまいますし、逆に予測より多く売ると在庫が足りなくなり、販売チャンスを逸することになります。このフォーキャスト(販売予測)をしっかり立てることが事業の成否に関わり、とても大事な会議でした。

 席上、いきなり 強面のヴァイトが、「来月、1000台のプリンターが要る。東京へ緊急出荷を要請してほしい」との発言がありました。フォーキャスト(販売予測)では全く見込んでいなかった数量です。私はおもわず、「フォーキャストが入っていないのだから、そんな要求は通らない。来月1000台なんて無理だ」と答えました。すると「そんな発言をする奴は今すぐ荷物をたたんで日本へ帰れ! 本社を向いて仕事をする奴などこのドイツ会社には要らない!」と社長がすごい剣幕で怒鳴りました。

 3か月の生産リードタイムに輸送期間も考慮すると、ドイツに到着するまで最低4か月はかかります。それを来月要るなんていくらなんでも無茶な話です。社長は当然そんなことはわかっています。私は ヴァイト の要求が理不尽だと思いましたが、社長は私に有無を言わせぬ気迫で叱り飛ばしました。着任早々、一刀両断の太刀を浴びせられた気分でした。私は「わかりました、日本と交渉します」と言うほかありませんでした。

 このとき社長が私に伝えたかったことは、「本社を向いて仕事をしていたら、ドイツ人は誰も相手にしないぞ。それにお前はもう本社の人間ではないのだから、ドイツ法人の立場で考え、仕事をしないとここでは誰も信用してくれない」ということだったのだと思います。

出向前は、何度もドイツに出張し、ドイツ人と信頼関係ができ上っていると高を括っていましたが、それは本社の私だったのです。これからは同じドイツ会社の仲間としての私なんです。あらためて信頼関係を築いていかないと駄目なんだと気づかされました。本社気分がまだ抜けない私を社長は「鉄は熱いうちに打て」と考え、赴任早々、有無を言わさず、一太刀浴びせてくださったのだと思います。

 のちに ヴァイトが「お前ら日本人はいいよな。ドイツの会社がどうなろうが、日本に戻れば本社で働けるんだから。でも、おれらはこの会社が潰れたら行くところがなくなるんだ」ということをこぼしたことがあります。社長はそういうドイツ人の気持も十分承知で、あの場で私を叱り飛ばしたんだと思います。日本人出向者の甘い気持をドイツ人の前で打ち砕き、ドイツ人に示しをつける狙いもあったのだとあとになって思いました。

 この洗礼は私にとってとてもありがたい出来事でした。出向者が陥る罠といいましょうか、いずれは本社に戻る(れる)という甘い気持がある限り、現地の人とは真に向き合えないのです。こちらも同じ覚悟で向き合わないと信頼関係は築けないことを社長の怒声は教えてくれました。出向のタイミングとほぼ同時に起こったこの出来事は私の目を覚まさせてくれました。それにしてもあの剣幕はすごかった!

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