第1回 You stole my job!

NECに入社して2年目にドイツのデュッセルドルフに出張しました。
初の海外出張で、ドイツに赴任された先輩社員をとにかくサポートして来い、というのが任務でした。

先輩社員は欧州域内の出張が多く、多忙で、その日も不在でした。
オフィスにはヤンセンというドイツ人の女性の秘書と私だけ。
ヤンセンは毎日忙しく、その日も話しかけると爆発しそうなくらいでした。
見るに見かねた私は、ヤンセンを助けようと飛び込んできたテレックスをいくつか処理しました。
「負担が軽減されて、きっと彼女は喜ぶにちがいない」
そう私は思っていました。

ところが、一日の仕事が終わる頃、彼女が私のところにやって来て、”Why did you steal my job?”と烈火のごとく怒るではありませんか。
何度も”Steal”と言うヤンセンのことばは衝撃的でした。

「”steal”だなんてとんでもない、あなたが忙しくしていたから、少しでも楽になってほしいと思って処理しただけだよ」と言い返しましたが、ヤンセンの怒りは収まりません。
日本でしたら「処理してくれてありがとう。今度おごるね」という具合に感謝されるはずですが、ヤンセンの反応は180度ちがいました。

最初は、「助けたつもりが逆に犯罪者のようになぜ言われないといけないんだ」と思いましたが、何度かヤンセンの言い分を聞いているうちに「しまった、ドイツではちがうんだ」と気づきました。

ドイツのレストランでは、食事を注文するとき、近くにいる店のスタッフに声をかけると「ちょっと待って」と言って、別のスタッフに耳うちし、そのスタッフが注文を取りに来ます。
テーブルごとに担当が決められていて、お互い絶対にその領分を侵すことはしません。

私もそのことは知っていたのですが、忙しくしているヤンセンを見て、よかれと思って迷いもせず行動してしまったのです。
しかし、どんな状況でも領分を侵してはならないのです。
それは「盗み」にも匹敵する行為というわけです。
「チームワーク」を重んじる日本と「個人主義」のドイツのちがいなんだとつくづく思いました。

ドイツの雇用契約書には明確にSOW(Scope of Work)が記されます。
それが人事評価の拠り所になるのです。
さらに言うなら、ヤンセンは私がそれなりに処理をしたことで自分は必要ないと先輩社員に思われることも恐れたようです。
私は処理する前にせめて一言声をかけるべきでした。
もっとも声をかけたところで、「なんであなたがやるの。それは私の仕事でしょ」とけんもほろろに言ったでしょうが。

当時はヤンセンの個人的な怒りの爆発と思いましたが、SOWをわきまえない私が悪かったと今では思っています。
それにしても”steal”は衝撃的なことば。しかし、それ以上にヤンセンの怒りは半端なかった!

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