蓄電池実証プロジェクトが難渋
シンガポール赴任初年に獲得した蓄電池実証プロジェクトとEDP(経済開発庁)のエネルギー革新プロジェクトが私のシンガポールでの仕事の中心となりました。蓄電池実証プロジェクトは、本社が買収したアメリカの現地法人から蓄電池を購入し、マリーナ・ベイ・サンズホテル(MBS)に設置します。ところが、蓄電池を購入するに当たり、納期や保守契約で難渋しました。同じNECの会社同士でありながら、交渉がスムーズに進まなかったのです。
アメリカの現地法人は、アジア代表としてシンガポールにジーンという駐在員を置いていたのですが、ジーンがうまく機能しませんでした。ジーンは、アメリカ側とコーディネートがほとんどできず、当方に圧力すらかけてくる始末でした。特に、アメリカ会社との人脈も弱く、同社の蓄電池製品に詳しくない我々は、彼のサポートを大いに期待していたのですが、全く役に立ちませんでした。部下のゴパルが親の病気でインドに1か月ほど滞在せざるを得なくなり、私はインドからシュラバンを呼び寄せ、1か月シンガポールに滞在してもらいました。ジーンにお願いしても全く事態が進展しなかったので、私はシュラバンと共に直接アメリカ側と交渉しました。シュラバンの援軍は大いに助かりました。
激しい口論
最終的にアメリカから責任者にシンガポールに来てもらい、納期や契約条件の要望を伝え、責任者がアメリカに帰国後、実務が動くようお願いしました。シュラバンと私は、ジーンもいる夕食の席上、彼がこれまで何もしていないことを暴露しました。ジーンとは激しい口論となりましたが、シュラバンと私の説明で状況をすっかり理解した責任者は、ジーンに呆れ、今後は自分が力になるので、直接コンタクトするようにと言ってくれました。
この会議のあと、契約交渉は順調に進み、納期も明確になりました。お客様のシンガポール電力の子会社には交渉の末、納期遅延を何とか受け入れてもらいました。納期は予定より半年ほど遅れましたが、とにかくプロジェクトは動き出しました。蓄電池システムはようやくシンガポールに出荷されました。お客様とボストンに出張してから1年が経っていました。ジーンを頼ったばかりに半年の時間が無駄になってしまいました。
MBSの地下5階に設置
地下5階に蓄電池システムを設置する作業は圧巻でした。コンテナ2基に入った蓄電池を上からクレーンで吊るし、地下5階まで降ろすのですが、途中でワイヤ―が切れたら大惨事。お客様と見守る中、慎重にゆっくりと蓄電池は降ろされました。蓄電池が無事に地下5階に降ろされるや、お客様と我々は安堵とともに固い握手を交わしました。そのあと据付工事も無事に終わり、いよいよこれから実証試験の開始となりました。
この件で私は、ゴパル(シンガポール在住)とシュラバン(インド在住)というインド人二人の部下に大いに助けられました。我々3人の結束は固く、お互いの信頼関係は一層強くなりました。それにしてもジーンの無責任、怠慢ぶりには呆れるばかりでした。我々の中で彼への信頼度はゼロとなり、あの会議以降、彼に頼ることはありませんでした。
カパティって何?
蛇足ながら、このプロジェクトの初めの頃、お客様が何度かMBSと言うのを私は聞き流していました。しかし、結構頻繁に出てくるので、「MBSとは何のことですか」と聞いたところ、「マリーナ・ベイ・サンズホテルのことです」と言われ、ようやく合点しました。シンガポール人はこのように言葉をよく縮めます。ある時、「カパティ、カパティ」と全く聞いたことのない単語を連発するので、「カパティって何なの?」と聞きました。すると「Car Parking Ticket(駐車券)のことだよ」と言われました。これには驚きました。
もっと驚いたのは、「これできる、できない?」ということをシンガポール人は“Can ? No can?”と聞きます。意味はわかりますが、我々が習った英文法では正しくありません。しかし、シンガポールではこれが日常会話として成り立つのです。答える方も、“Can, can.”と犬のように吠えます。グローバル化が進み、いろいろな国の英語がビジネスの世界でも現れています。インド人の英語、中国人の英語というように。日本人の英語も卑下することなく、堂々とジャパニーズイングリッシュでいきたいものです。昔、イタリア人が「アイ クノウ、アイ、クノウ」と言っていたのですが、しばらく何を言っているのかわかりませんでした。ある時、ようやく、「あっ、そうか! I knowと言っているんだ」と気づきました。 間違っていても他の国の人は堂々と英語をしゃべります。うらやましい気質です。
それにしてもシングリッシュ‘(シンガポールの英語)の造語性、自在性には驚きです。シングリッシュ恐るべし!