『リキッド・デス』(Liquid Death)。日本語にすれば「死の水」。2019年1月の発売以来、アメリカで「カルト」(熱狂)的人気を誇るヘビメタ仕様の缶入りウォーター。その概要と人気の要因を整理します。
『リキッド・デス』とは「死の水」?
『リキッド・デス』。直訳すれば「死の水」。のどの渇きを癒す缶入り飲料ウォーター。天然電解質とミネラルを含む「スティル」(still water、炭酸なし)と、「スパークリング」(sparkling、炭酸水)のマウンテンウォーターを、リサイクル可能な「アルミ缶」で提供し、売上の一部をプラスチック汚染撲滅のために寄付しています。
リキッド・デス社は2018年に設立され、翌19年1月からオンラインで商品販売。本社所在地は、米国カリフォルニア州サンタモニカ(ロサンゼルスの隣)。リキッド・デスの共同創業者兼CEOは、マイク・セサリオ(Mike Cessario)氏。
リキッド・デスは、市場投入以降ノンアルコール飲料ブランドとして従来にない急成長を遂げています。商品自体は、500mlトール缶に入った「美味しい水」です。500ml缶の価格は約2ドル(約300円)で、ミネラルウォーターとしてはやや高め。現在、低カロリー/低糖質のアイスティーも販売中。リキッド・デスの顧客層は、幅広く、9歳の子供から、40-50代の大人までが含まれています。
TikTokやInstagramなど、ソーシャルメディア(SNS)のフォロワー数は790万人。リキッド・デスは、グローバルブランドの「レッドブル」(オーストリア)、「モンスター・エナジー」(米国)に次ぐ世界第3位のフォロワー数を有しています。
パーティーで水分補給する子供たちが登場するリキッド・デスのビッグゲーム(NFLスーパーボウル)用のCM (By Liquid Death)
ユニコーン「リキッド・デス」社の企業価値は2,100億円!
リキッド・デス社の企業価値は14億ドル(2,100億円)。同社は、2024年3月、6,700万ドル(100億円)の資金を調達し、2023年の売上高が2.63億ドル(395億円)に達したと発表しました。同社は、米国飲料業界の「ユニコーン」の一つ。「ユニコーン」(unicorn)とは、時価総額が10億ドル(1,500億円)以上で、株式未公開(未上場)のベンチャー企業のこと。
リキッド・デスは、多くの投資家があまり興味を示さない飲料ビジネス市場に位置しているにもかかわらず、現在2.67億ドル(400億円)以上のベンチャー資金を調達しています。飲料ビジネスはベンチャー・キャピタル(VC)にとって、一般に評価が厳しくなる業界だとされます。なぜなら、飲料ビジネスは資本集約的(工場/設備などの固定資本額が大きい)で、小売店や消費者への直接販売でうまく売れる企業を選ぶにはコツが必要であること。さらにその飲料商品に対して、一度だけでなくリピーターを獲得しなければならない点も難しいビジネスであり、VCが投資に躊躇する理由のようです。
『リキッド・デス』は「超破壊的なブランド」!
そうした厳しいビジネスにもかかわらず、資金を提供したVCのディレクターのひとりは次のようなコメントを残しています。「我々は、疲弊した古いカテゴリーを再定義する、より身体に良い製品を持つ文化的に関連性のある企業を求めていた」。彼の投資チームは、リキッド・デスを、市場にまったく新しい、あるいは革新的な価値基準をもたらす「超破壊的なブランド」(a super disruptive brand)だと考えたのです。
リキッド・デス社の競合企業(レッドブル、モンスター・エナジー)が主戦場とする世界のエナジードリンクの市場規模は、2023年に988億ドル(15兆円)と推計され、2024年から2032年までの年平均成長率(CAGR)は8.5%で、2032年には2,053億ドル(30兆円)に達すると予測されている。エナジードリンクには、カフェイン、高麗人参、タウリン、ガラナなどの刺激物が含まれています(データ出所:市場統計サイト「Straits Research」)。
リキッド・デスがターゲットとする世界のボトル入り飲料水の市場規模は、2022年に3,020億ドル(45兆円)を突破し、2032年には5,030.5億ドル(76兆円)に達すると予想されています。2023年から2032年までの年平均成長率は5.24%となる見込みです(データ出所:ビジネス統計サイト「Precedence Research」)。
ヘビーメタルとパンクロックにインスパイアされた『リキッド・デス』
(前述のとおり)リキッド・デスの共同創業者兼CEOは、マイク・セサリオ(Mike Cessario)氏。彼は、ヘビーメタルとパンクロック文化にインスパイアされ、(健康な水で)「喉の渇きを叩き潰せ」(Murder Your Thirsty)をブランドスローガンにして、ボトル入り飲料水市場に参入しました。
リキッド・デスのもう一つのスローガンが「Death To Plastic」(プラスチックに死を)。プラスチック製のペットボトルの80%が埋立地に捨てられ、分解されるのに1,000年もかかります。
今、世界的に、ペットボトルが主流の飲料水のボトル缶材料を、アルミ製ボトル缶に切り替えていこうとする流れがあります。「水平リサイクル率」をみると、アルミ缶が70%、ペットボトルが約12%というデータがあり、循環型資源としてアルミ缶の評価が高まっています。水平リサイクルとは、回収したアルミ缶から新しいアルミ缶を作るような、リサイクル前と後で用途を変えない資源循環の方法のことです。
そうした事実に向き合いながら、リキッド・デスは「喉の渇き」と「プラスチック」を「消滅」させるという社会的使命のために、「頭蓋骨」(skull)のイラストを、ブランドイメージとしてその缶に採用しているのです。そして、アルミ缶のデザインは、ミネラルウォターからは想像がつきにくいヘビメタ/パンクロック仕様になっています。一見、ビールのトール缶と見間違えてしまいます。
「頭蓋骨」(スカル)とヘビーメタル文化
ヘビーメタル(heavy metal )とは、ロック音楽(rock)のスタイルの一つで、エレキギターの極度に金属的な音、絶叫するような声によるボーカルなどがその特徴。パンクロック(punk rock)とは、体制化・様式化した従来のロックに反発し、荒々しい表現手法をとる過激なロックのスタイル。メタルは重く低い音、パンクは髪型や衣服の激しさが大きな特徴とされます。
なぜ、「頭蓋骨」(スカル)がヘビーメタル文化においてシンボルとして利用されるのでしょうか。第1に、ヘビメタは、死、死生観、人間存在の暗い側面に関連するテーマを探求するため、死のシンボルであるスカルと親和的であること。第2に、ヘビメタが持つ、反体制的なスタンス、不適合、反骨精神を象徴するデザインとして、スカルが適合すること。
第3に、スカルは、海賊のイメージ(ジョリー・ロジャー)、危険や毒の警告サイン、古代の儀式などに使われてきました。そうした歴史/文化的文脈と、危険、力、神秘的な感覚を追求するヘビメタ文化が適合すること。第4が、スカルが持つ威嚇的で荒々しいイメージが、CDジャケット、Tシャツでの視覚的インパクトにつながること。第5が、スカルが持つ力強さと回復力(resilience)、そして不屈の精神と、ヘビメタ文化/コミュニティーの精神が一致すること。
「カッコよく」水を飲みたい需要の発見
CEOのセサリオ氏は、次のようなエピソードがリキッド・デスの着想のひとつになったと語っています。それが、ステージ上で水を飲む、ヘビメタやパンクロックのアーティスト/ミュージシャンたちの姿でした。彼らが、「かっこ悪さ」(気恥ずかしさ)やスポンサーへの忖度のために、あえてエナジードリンクの缶に「水」を注いで飲んでいる実態を目の当たりにしたのです。実際、リキッド・デスの現在の主要顧客はライブ・エンターテイメントの観客たちです。
また、リキッド・デスは、食料品店の棚だけでなく、イベント、バー、レストラン、さらにはビジネスの会議という生活/活動シーンで商機を見出しました。同社は、マーケティング調査で、イベント、レストラン、バーなどで「社交的だと思われるために、ビールやワインを注文する」頻度を尋ねました。その結果、回答者の半数が、「アルコールが苦手あるいは飲みたくないにもかかわらず、注文する」と答えたのです。あのアメリカでも、日本と同じような悩みを抱えているビジネスパーソンがいるのです。
このとき、リキッド・デスのような、「アルコール」にインスパイアされた、つまり、あたかもアルコールのようなブランド名とパッケージを持ちながら、「水」、つまり、より健康的なノンアルコールの代替飲料の商機を発見したのです。
「本物」に見せかけた少額予算コマーシャルで実験!!
米ビジネス誌『フォーブス』の記事(2022年11月23日)などにもとづき、マイク・セサリオ氏が「リキッド・デス」を誕生させた発想法を確認しておきましょう。
共同創業者/CEOのマイク・セサリオ氏はマーケティングの専門家です。彼は、『ストレンジャー・シングス』、『ナルコス』、『ハウス・オブ・カード』といったNetflixのヒット番組のキャンペーンのクリエイティブ・ディレクターを務めていました。
彼は常に健康とフィットネスに情熱を注いできたのですが、糖質摂取量を増やすビールやエナジードリンクがかっこいい広告を打っていることに対し、「ちょっと違うのではないか」と考えていました。
「そうした流れを変えるために、自分に何かできないか?」セサリオ氏のそうした自問自答がリキッド・デスの誕生につながったのです。しかし、それはゆっくりとしたプロセスであり、一朝一夕に成功をもたらすものではなかったそうです。
セサリオ氏はこう述懐します。「多くの人は、ある日シャワーを浴びているときに天才的なアイデアを考えつくと思っている。1、2年かけて、最終的にどうあるべきかを考え、細部まで考え抜いた。それは周到な戦略だった」。
彼は、人々がこのブランドに反応するかどうかを確かめるために、天才的な戦略を展開しました。
セサリオ氏は、最初に、リキッド・デスのプロモーションをフェイスブック(Facebook)で展開しました。費用1,500ドル(22万円)の小さなコマーシャル動画を撮影。まず自分のアイデアを試し、人々の反応を知るために、リキッド・デスのコマーシャルを本物に見せかけました。広告を打った4ヵ月後、ビデオは約300万回再生され、Facebookのページには8万人のフォロワーがついたのです。
悪口/批判を逆手にとったヘビメタ的破天荒な広告キャンペーン!
セサリオ氏はこう続けます。「私たちはマーケティングをしたいのではありません。私たちは人々を笑わせたいのです。そして、誰かのソーシャルメディア(SNS)のフィード(投稿画面)でその日一番面白いものになりたい。それが私たちの目標です」。
リキッド・デスのエンターテインメント精神を象徴する広告キャンペーンを紹介しましょう。2020年、同社は、リキッド・デスに対するネット上の悪口、批判コメントを利用する新しいマーケティング・キャンペーンを実施しました。
「Greatest Hits」(グレイテスト・ヒット:ベストアルバム)を皮肉って、「Greatest Hates」(グレイテスト・ヘイト:ベスト悪口)と呼ばれるヘビメタのオリジナルアルバムを制作して、音楽配信Spotify(スポティファイ)と動画配信YouTubeで公開したのです。「hate」とは「悪口」「中傷」のことです。
10曲入りアルバムで、リキッド・デスに対するネット上の悪口や批判コメントを、そのまま楽曲のタイトルに採用しました。それが、「Fire Your Marketing Guy」(マーケティング担当者をクビにしろ!)「Dumbest Name Ever For Water」(歴史上最も愚かな水の名前)、「Go Out Of Business」(廃業しろ!)。
このアルバムは、リキッド・デスのオンラインショップで予約注文すれば、限定プレスの12インチのビニールアルバムも入手可能。
リキッド・デスは、単なる飲料ではなく、ライフスタイル・ブランドを効果的に作り上げています。音楽フェスティバルやエクストリーム・スポーツ・イベントに参加することで、消費者の間にコミュニティ意識を育んでいます。
ちなみに、「エクストリーム・スポーツ」(Extreme Sports)とはアクロバティックな技が魅力の競技スポーツ。音楽やファッションとの結びつきが強く、若者を中心に世界中で支持されています。バンジージャンプや自転車競技・BMXなどがその例です。
ソバーキュリアス・フレンドリー
最近、『リキッド・デス』の顧客層でもあるZ世代(1990年代後半から2000年代に生まれた世代)などを中心に「ソバーキュリアス」(Sober Curious)という生活様式が支持されています。「ソバーキュリアス」とは、お酒を飲める人があえて飲まないこと、あるいは少量しか飲まないこと、そうしたライフスタイルを意味します。
「sober」は「シラフ」、「curious」は「好奇心の強い、〜したがる」を意味。直訳すれば「シラフへの好奇心」「シラフでいたがる」。
「ソバーキュリアス」を支持する若者たちは、アルコールの影響を受けずにクリアな状態でイベントやアクティビティに参加でき、心身の調子を最適に保つことができるのも大きなメリットと感じているようです。その意味で、『リキッド・デス』は、ソバーキュリアス・フレンドリーなドリンクなのです。
ここ最近、「パーパス・ブランディング」(purpose branding)という言葉をよく耳にします。「パーパス・ブランディング」とは、社会全体から自社を見たときに「自社の存在意義とは何か」を明確にし、ブランディングにつなげる戦略。現在、どの商品カテゴリーでも「コモディティ化」が起きてきています。コモディティ化が進むと、低価格競争に陥りやすく、機能、品質、ブランド力などの特徴が薄れて差別化が困難になります。そこで、企業の社会的責任や姿勢を示すパーパス・ブランディングが注目され始めました。
くわえて、消費者に「企業は社会的課題を解決する存在であるべき」という考え方が広まったことがあげられます。今の世の中には、環境問題の深刻化や社会の不平等など、人々が関心を寄せるさまざまな問題が山積しています。そうした問題の解決に、社会的な存在である企業も積極的に関与すべきである、という考え方が世界的に浸透してきています。
記憶に残るブランドと、社会的なコミットメント
『リキッド・デス』のビジネスをパーパス・ブランディングの観点で見ると、ヘビメタ仕様の「記憶に残るブランド」と、環境問題への「社会的責任へのコミットメント(約束/責任)」の組み合わせは、環境意識の高い消費者にとって魅力的な選択肢となっているといえます。くわえて、プラスチック問題への取り組みによる持続可能性へのコミットメントは、単なるマーケティング戦略ではなく、『リキッド・デス』のブランド・アイデンティティの核となる部分であり、その魅力をさらに確固たるものにしている、と評価できます。
CEOのマイク・セサリオ氏の1日は、ミーティングで始まり、ミーティングで終わるぐらい、多忙を極めているそうです。彼は言います。「CEOとして、挑戦すること、そして、何か『大きなこと』を創り出すことが好きだ」。
ヘビメタ・パンクファン、そして、Z世代を含む幅広い世代から、『リキッド・デス』の果敢なチャレンジに熱い視線が送られています。