宇多田ヒカルさんの『First Love』24年後に再ブーム!
「15の時レコーディングした歌が24年後に日本やアジア各国でたくさんの人に聴いてもらえてチャート入りしてるなんて信じられない ありがたや」(2022年12月6日 午前6時15分@ utadahikaru)
「Apple Music:東京」のTop25。「東京で今話題になっている曲のランキング」の第3位に、『First Love』(宇多田ヒカル)が入っている状況に対して宇多田さんご自身がツイートしたメッセージです。
今から24年前に時計の針を戻した1999年3月10日。宇多田ヒカルさんのデビューアルバム『First Love』(東芝EMI(当時))がリリースされました。このとき、すでに、彼女のデビュー曲『Automatic』(1998年12月)が日本の音楽ヒットチャートを席巻。このデビューアルバムも大きな話題となり、発売から1か月後には累計500万枚。最終的には800万枚以上の売上を記録したそうです。
そのデビューア ルバムのタイトル曲でもある『First Love』。TBSドラマ「魔女の条件」(1999年4-6月、主演は松嶋菜々子さんと滝沢秀明さん)の主題歌に採用された「初恋」をテーマにした楽曲です。
Netflix『First Love 初恋』は、20年におよぶ壮大なラブストーリー
その宇多田さんの『First Love』(1999年)と『初恋』(2018年)の2曲からインスパイアされた男女の20年余りにわたる愛の物語を描いたNetflixシリーズ『First Love 初恋』(監督・脚本:寒竹(かんちく)ゆり氏)。
2022年11月24日に配信が開始され、Netflixの「今日のTV番組TOP10(日本)」で連日1位を獲得。配信2年前の制作発表からのコアなファンに始まり、現在、ライトのファンへとその人気は広がっています。さらに宇多田ヒカルさんのアジア各国のファンにも視聴が拡大中。世界的にヒットした韓国ドラマ『愛の不時着』(Netflix日本 :2020年2月23日配信開始)を超えたとする評価も散見されます。
あらすじを簡単に紹介しておきましょう。「1990年代後半」「2000年代」そして「現在」の3つの時代が交錯。20年におよぶ、忘れられない「初恋」の記憶をたどる壮大なラブストーリーです。
舞台は1990年代後半の北海道。中学生の野口也英(やえ、八木莉可子さん)と並木晴道(はるみち、木戸大聖さん)は、電車の中で偶然出会い、恋に落ちます。同じ高校に運命的に進学し、付き合い始めます。しかし、その後、運命に翻弄された二人は、ドラマの中のロータリー交差点が暗示するかのように、別々の道に進みます。
「ノスタルジア・マーケティング」の成功例
高校卒業後、也英は東京の大学へ進学。晴道は航空学生として自衛隊に入隊し、遠距離恋愛に。久しぶりに再会したある日、也英の留学をめぐるけんかをきっかに也英は悲運の交通事故に見舞われる。その悲しい出来事以来、二人の人生は交差しないまま、20年近い歳月が流れます。
そして現在、也英(満島ひかりさん)はタクシードライバーとして、晴道(佐藤健さん)は自衛隊を退官しオフィスビルのセキュリティスタッフとなり、偶然にも二人は同じ町で暮らしていたのです。初恋から約20年、運命はもう一度二人を引き合わせます・・・
このドラマも、年代的には現在のブーム「Y2K」(西暦2000年頃)に重なり、過去の「楽しい思い出」を現在にリンクさせてオーディエンスをハッピーな気持ちにする「ノスタルジア・マーケティング」の成功例のひとつと位置付けることができます。
特に、ドラマ全体のストーリーの中に、映画『タイタニック』(1997年)、火星探査機「のぞみ」(98年)、自衛隊イラク派遣(2003年)、東日本大震災(2011年3月11日)、新型コロナ感染拡大などの社会的な出来事を丁寧に落とし込んでいるため、「そういえば、あのときは、あんなことをしていたな〜」と視聴者のそれぞれのリアルな体験と自然にリンクされる工夫がなされています。
ただし、ノスタルジア・マーケティングの成功例で「一括り」してしまうと、大ヒットの要因である作品の「出色さ」が見えなくなってしまいます。そこで、映画情報サイト『シネマトゥデイ』などの分析をもとにして、この作品が人気を集めている要因をまとめてみます。
「ストーリーの続きが知りたい」「伏線の回収」で「イッキ見」!
第1が、「ストーリーの続きが気になる」巧みな仕掛けです。特に「たくさんの伏線」が張られていて、それを回収するために、多数の視聴者は自然と「イッキ見」するようになります。ちなみに、「イッキ見」は、英語で「Binge Watching」といいます。「binge」は「~しまくる、熱中する」という意味です。1話(全9話)あたりの長さはだいたい約50分なので、これなら「イッキ見」できるという楽な気持ちになります。
筆者個人として大好きな「伏線の回収」が、第8話「或る午後のプルースト効果」の最終シーン。野口也英(満島ひかりさん)が、息子の綴(つづる、荒木飛羽(とわ)さん)にうながされ、イヤホンをシェアしながらCDを聴き始めるシーンとその後の展開が「圧巻」です。特に、満島さんの「目」の演技に「引き込まれ」ます!
「満島ひかり」さんと「佐藤健」さんの存在感・演技力の相乗効果
第2は、「満島ひかりさんの圧倒的な存在感・演技力」と「佐藤健さんの安心できる存在感・技巧派演技」との相乗効果です。満島さん(野口也英)のその姿や、再現がきかないほどの演技から「生の感情」がダイレクトに伝わってきて、完全に視聴者が「持っていかれる」と評価されています。また、論理的な演技力に定評がり、「かっこよさ」と「純朴さ」をあわせもつ佐藤健さん(並木晴道)に関して、寡黙ななかにも、常に優しい眼差しを注ぎ、時には、本音を隠して視線で訴える演技に、視聴者は一挙に心を奪われる、と評されています。
第3は、主人公の「高校生から大学生のパート」を演じた八木莉可子さん(也英)と木戸大聖さん(晴道)のみずみずしく躍動感のある演技です。八木さんと木戸さんが見せる等身大のピュアな演技が、付き合い始めた頃の若さあふれる高揚感を視聴者にダイレクトに伝えてきます。同時に、若くて無防備な二人がその後の過酷な巡り合わせに翻弄されていく様子を見て、「現実の世界」にいる大人(視聴者)は自分の若い頃の出来事に重ね合わせながら、強烈に心を揺さぶられます。
ファンは「聖地巡礼」で北海道へ!
第4は、このドラマがインスパイアされた、宇多田ヒカルさんの名曲『First Love』とのストーリー面でのシンクロ(同調)と、それがもたらすシナジー(相乗効果)とノスタルジー(郷愁)です。ドラマの物語が始まる1998年は宇多田さんのCDデビューイヤー。也英と晴道は宇多田さんと同世代に設定。歌詞「最後のキスはタバコの flavor がした」はドラマの中のキーワード。二人の人生の重要な局面でこの曲がBGMとして流れている。特に、先ほど述べた第8話の最終シーン。個人的には、このシーンがこの連続ドラマの最重要シーンではないかと、思っているほどです。
くわえて、このドラマを視聴しながら感じたことは、映像に映し出される数々の「美しい風景」です。多くのファンは絶対に「聖地巡礼」で北海道を訪れたいと思っているだろうな、と。「聖地巡礼」(せいちじゅんれい)とは映画・ドラマ・アニメと縁のある土地(ロケ地など)を「聖地」と位置付け、ファンが実際に訪れること。
すでに、このドラマの撮影を支援した「札幌フィルムコミッション」が、札幌市ロケ地マップを制作し公表。また、「旭川常盤ロータリー」(交差点)など旭川市のロケ地を紹介するネット記事もアップされています。このドラマは、日本だけでなくアジアでも人気ですので、内外から多くのファンがロケ地巡りをすることでしょう。その意味では、北海道の地域・経済の活性化にもつながります。
日本のコンテンツは最初からアジアや世界をターゲットにすべき!
米国のエンターテインメント専門誌『バラエティ』(Variety)による、この『First Love 初恋』に対する評価を紹介しておきましょう。
「日本のコンテンツ制作者は、長い間、自国(日本)の市場やその規模を重視し、世界マーケットでの販売は後回しにしてきた。しかし、Netflixはその考え方を変えようとしている。今回の『First Love 初恋』の成功は、特に日本の音楽、ファッション、アニメ、その他のクリエイティブなコンテンツが大きく浸透しているアジアにおいて、その潜在可能性を示している。したがって、今後は、最初から、世界(特にアジア)市場をターゲットした作品づくりを目指す方向性が見えてきている」
最後に、このドラマのプロデューサー、C&Iエンタテインメント社の八尾香澄さん(映画『イチケイのカラス』)のコメントを紹介します。
「ラブストーリーとして宣伝していますが、主人公たちの初恋や恋愛だけではなく、親子愛も含めた様々な愛の形が描かれています。・・・・・・何より宇多田ヒカルさんの楽曲が素晴らしいです。改めて音楽の力を感じました。未見の方は是非騙されたと思って、とりあえず3話まで見て観てください。多分、そこから残りは一気見してしまうはずです」(情報サイト『クリエイターズ ステーション』)
壮大な純愛ストーリーとしても、前に一歩進む勇気をくれるドラマとしても、「イチオシ」です!