マーケティング最前線!

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『Amazonスタジオ』の戦略と、映画『AIR/エア』(ナイキ「エアジョーダン」誕生の物語)

2023.05.19

 「Amazonスタジオ」はAmazonグループの映画製作会社

映画製作会社「Amazon Studios」(Amazonスタジオ)。年間売上68兆円を擁する巨大オンラインショッピングサイト「Amazonグループ」内の映画/テレビ番組を制作するグループ企業です。売上高68兆円は日本の国家予算114兆円の約6割にあたる規模です。

Amazonスタジオの設立は2010年。製作された作品は、動画ストリーミング「Amazonプライム・ビデオ」(Amazon Prime Video)や映画館を通じて配信されます。ちなみに、映画ビジネスにおいて、創作活動として作品そのものを作る場合は「制作」、資金調達や宣伝などのプロデュースが含まれる場合には「製作」と表記されます。

実は、このAmazonスタジオ以外にも、Amazonグループの中には、2022年3月に買収した米映画制作会社MGM(Metro-Goldwyn-Mayer Studios)も存在します。買収総額は84.5億万ドル(約9,200億円)。

 MGMの作品には、「007」シリーズ、「12人の怒れる男」「氷の微笑」「ポルターガイスト」「レイジングブル」「ロッキー」「羊たちの沈黙」があります。

  Amazonプライムの魅力化は、テーマパークのアトラクション増に似ている?

Amazonスタジオの事業に密接に関係している「Amazonプライム・ビデオ」や「Amazonミュージック」(ストリーミング・サービス)は、Amazonプライム会員の特典を魅力化するという役割をもっています。多くの顧客に、魅力が増したAmazonプライム会員になってもらい、オンラインショッピング「Amazon.com」を通して、よりたくさんの買い物を楽しんでもらう。背後にそうした発想があります。

 Amazonプライム・サービスは、お急ぎ便や日時指定配送などのサービスを提供する「サブスクリプション」(定期購読)です。いろいろな特典の増加は、一定の入場料で、魅力的なアトラクションを次々に増やすテーマパークビジネスに似ているといわれます。テーマパークで増加するアトラクションが、Amazonプライムの映画、音楽、ゲームの無料利用に当たります。

 Amazonプライムに多彩なサービスが付加されれば、自然と、顧客との接点が増加します。顧客は、毎日、Amazonのサービスの何かを使っている状態になり、Amazonは生活必需品のような存在になっていきます。これは、同社への忠誠心(Loyalty、ロイヤリティ)を高め、「顧客の囲い込み」につながっていくのです。

 製作予算でいえば、Amazonスタジオは同業No.1のNetflixに見劣りしない!

Amazonスタジオの話に戻りましょう。2013年11月に、最初の2つのドラマシリーズ『アルファ・ハウス』(Alpha House)と『ベータス』(Betas)が公開されました。それ以来、Amazonスタジオの事業規模は着実に拡大しています。

Amazonスタジオの製作予算総額(ドラマ・映画)は、2021年で130億ドル(1.7兆円)です。一方、同業No.1のNetflixの製作予算総額(同上)は、2022年で168.4億ドル(2.2兆円)に達しています。製作予算でいえば、それほど見劣りしないというのが、筆者の率直な感想です。

このAmazonスタジオのビジネスの特徴は、映画の制作プロセスに、ユーザーや映画ファンの「フィードバック」を反映させる仕組みがあることです。

オンライン通販「Amazon.com」と傘下の映画情報サイト「IMDb.com」の膨大なユーザーと映画ファンから、フィードバックを得て、彼らの意見や嗜好を反映させながら、企画、予告編の製作、テスト映画など、すべての開発プロセスに反映させることができる体制が整えられています。

 Amazon社に、約2.8億人の映画ファンのデータが集約されている?

「IMDb」とは、「Internet Movie Database」(インターネット・ムービー・データベース)の略で、Amazonの子会IMDbが運営している世界最大級の映画情報サイトです。1,000万本を超える映画の情報が蓄積された巨大なオンラインデータベースです。

Amazonプライム・ビデオ会員は世界で2億人超。くわえて、IMDbは、8,300万人の登録者を擁しています。こうしたユーザーや映画ファンの意見を、映画制作のプロセスに反映させることができるのが、Amazonスタジオの大きな強みになっています。

なお、Amazonスタジオの設立当初は、一般の制作者が、脚本や試作映画などを自由に提出するルートが設けられていました。このシステムを使えば、誰もが、映画の脚本やテレビ番組のパイロット版をウェブサイトにアップロードできました。

同社によると、これまで、2万本以上の映画の脚本と5,000シリーズ以上のパイロット映像がオンライン(あるいはオフライン)で応募されたそうです。ただし、この提出窓口は、2018年に停止されています。現在停止されている機能とはいえ、新しい映画製作スタジオだからこそできたチャレンジだと評価できます。 

Amazon社が、NIKE「エアジョーダン」誕生の内幕「映画」を製作・配給!

最近、このAmazonスタジオとAmazonグループが「勝負に出た!」と、メディアで報じられています。それが、同社製作・配給で、実力俳優ベン・アフレックとマット・デイモンがタッグを組んだ最新作『AIR/エア』(ワーナー・ブラザース)です。

同作は、Amazonプライムビデオでの配信に先がけて、全米3,000以上の映画館で長期間、公開(4月5日)する方針が採用されました(https://warnerbros.co.jp/movie/air/)。

Amazon社配給となる映画『AIR/エア』は、幼なじみのアフレックとデイモンが設立した制作会社「アーティスト・エクイティ」(Artists Equity)の初プロジェクトです。その新会社「アーティスト・エクイティ」でアフレックとデイモンが目指しているのは次の点です。「エンターテインメント業界は、脚本家、監督、プロデューサー、スタッフ、俳優といった素晴らしいパートナーシップによって成立している。こうした人々の全てが、映画の商業的成功や利益を共有できる、クリエイター重視のスタジオを構築したい」

 映画『AIR/エア』は97%の高評価!

アフレックが監督も務める本作は、世界的スポーツブランド「ナイキ/NIKE」の初期ブランディングの内幕を描いたストーリーです。米国の批評サイト「ロッテン・トマト」の「トマトメーター」では、高評価を意味する「新鮮度」97%に到達しています。

本作は、世界的スポーツブランド「ナイキ」(NIKE)が、1980年代半ばに「バスケの神様」として知られるマイケル・ジョーダンと契約を結ぶまでのインサイド・ストーリーを描いたものです。契約のキーパーソンとなったナイキの元幹部ソニー・ヴァッカロ(Sonny Vaccaro)をデイモンが、ナイキ共同創設者のフィル・ナイト(Philip Knight)をアフレックが演じています。

今回のAmazonの大々的劇場公開の決定は、動画配信業界の慣行にも影響を及ぼすのではないかといわれています。一般に、動画配信企業は、アカデミー賞などの映画賞へのノミネート基準を満たすことを目的に「最低限の劇場公開」を実施し、基本は自社の動画配信で作品を公開します。

 Amazon社の「俊敏性」が、米映画業界に地殻変動を起こすのか?

今回のAmazon社の決断は、同社が「映画館での興行」に相応の価値を見出しているとともに、コロナ禍で疲弊してしまった、映画館などの米国映画ビジネス全体を再生させる目的があると報じられています。特に、コロナ禍の影響で、映画館で上映できる映画の製作本数が減っています。そうした状況のなかでのアマゾンの劇場公開優先方針は、映画館ビジネスにとっては「恵の雨」といえるでしょう。

同時に、この決定は、「Amazon.com」の創業者ジェフ・ベゾス(Jeff Bezos)氏が重視している「企業の俊敏性」(corporate agility)の方針にも沿っています。つまり、「Amazon社は、物事を切り替えるタイミングを正確に把握し、ビジネスモデルの一部を俊敏に変更することをいとわない」ということです。

全世界で従業員数が1.5百万人を超えるといわれている超巨大企業。そのAmazon社が「俊敏性」を重視しています。一般企業にとっても、「自社の経営において『敏捷性』(アジリティー)を重視する方針はとても重要である」という教訓が読み取れます。

そうしたことに思いを巡らせていたら、次のようなニュースが入ってきました。Amazon社が、米国の映画館チェーン大手AMCエンターテインメント(American Multi-Cinema)の買収に興味を持っているのではないか、というものです。

 果たして、こうした動きが、米国映画産業や動画配信ビジネスの地殻変動につながるのか、どうか。Amazon社や同業他社の動向から目が離せません。


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