仲代表の「グローバルの窓」

仲代表の「グローバルの窓」

第42回 “Welcome to us at Christmas !” (いらっしゃいませ!)

2023.05.08

 フィリピンの宗教はキリスト教でカソリックが8割を超えます。マニラに赴任して2か月後にクリスマスを迎えましたが、クリスマスイブは午前中で仕事を終え、社員はみな家に帰ってクリスマスを祝います。私の家にはメイドはいるのですが、さすがにクリスマスですので、実家に帰しました。単身赴任の私は、仕方なく外食せざるを得ませんでした。

 ところが、外食といってもほとんどのお店は閉まっています。日本食のレストランは何とか開いていましたので、一人淋しく、とんかつ定食でクリスマスを迎えました。流れてくる曲は演歌。とてもクリスマス気分にはなりませんでした。

  私の立場は社長でしたので、運転手がいました。63歳のエルネストというベテランです。なんとエルネストは、あの若王子事件(三井物産のマニラ支店長誘拐事件、第41回ご参照)の現場に出くわしていたのです。5台の車がつるんでゴルフ場から帰る途中、見通しの悪い黍畑(マニラ郊外)で5台の車が止められました。エルネストは一番うしろの車を運転していて、拳銃をつきつけられてすごく怖かったと言っていました。犯人の目的は若王子氏を誘拐することでしたので、先頭車に若王子氏がいることを確認すると、若王子氏を奪い去っていったそうです。エルネストから40mほど離れていたそうですが、遠目に若王子氏が連れ去られるところを見たとのことです。この日から彼の車のトランクに身代金が入れられ、1か月間、家に帰ることが許されず、車で寝ずの番をさせられたそうです。もう二度とあのような怖い体験はしたくないと言っていました。12年前の話です。

 さて、夕食を終えた私は、翌日から休みに入るため、今年の疲れを取るべく、カラオケでも行ってリフレッシュしようと思いました。エルネストに「今日はカラオケ屋もさすがに閉まっているだろうか?」と聞くと、「多分、だけど探してみよう」と言ってくれ、マカティ(マニラのビジネス街。私の家もこの地区)の中を車でゆっくり回りました。普段と違う灯りの少ないマカティに違和感を覚えながら、今日は無理だろうなと半ばあきらめかけていたところ、「アカシア」とカタカナの看板が視界に入りました。中から灯りが漏れています。

  すぐに車を止め、ドアを開けると、「いらっしゃいませ」といっせいにフィリピーナの声が飛んできました。30人くらいいたでしょうか。お客は誰もいませんでした。大抵の店がそうなのですが、「アカシア」も最初に女性を選ばないといけませんでした。これはルールなので仕方ありませんが、最初はこのシステムが嫌でたまりませんでした。なんかこちらが偉そうだからです。

  お店はクリスマスイブに来る客なんていないと思っていたのでしょう、従業員だけで祝おうと思っていたようですが、そこになんとお客が来たので大歓迎を受けました。私が選んだ女性はラッキーガールとして、皆から羨ましがられていました。結局、この日のお客は私一人でしたので、貸し切り状態となりました。みんなクリスマス気分で浮かれていましたので、飲めや歌えの大騒ぎ。フィリピーナの陽気さのお蔭で、沈んでいた私の心も癒され、楽しいクリスマスイブのひとときとなりました。まさにホスピタリティの国、フィリピンを全身で浴びた瞬間でした!

 初めて訪れた「アカシア」でしたが、大歓迎のお蔭で、その後私の行きつけのお店となりました。グループは勿論ですが、一人で行っても楽しい時間が過ごせるのがアジアの夜のいいところです。特にフィリピーナは明るいので救われます。

  2016年ごろにフィリピンに出張したとき、「アカシア」を訪ねました。灯りは消えていましたが、「アカシア」の看板がドアに淋しく掲げられていました。近くの人に聞くと、「1年ほど前に閉鎖した。買い手が見つからないようだよ」とのこと。あのクリスマスイブの華やかな夜が古びた看板に化したようで淋しく思いましたが、取り壊されず、看板と出会えただけでも幸運でした。「アカシア」との出会い。それはフィリピンとの出会いでもあり、今も私の心の中で点灯しています。


神田外語キャリアカレッジ > ブログ > 仲代表の「グローバルの窓」 > 第42回 “Welcome to us at Christmas !” (いらっしゃいませ!)