マーケティング最前線!

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インディーズ系映画会社「A24」を知っていれば、「映画通」!

2023.03.22

エッジが効いたインディーズ系映画会社「A24」(その3)

この『エブエブ』の配給会社が、インディーズ系映画会社「A24」(エー・トゥエンティーフォー)です。「インディーズ映画」(「インディペンデント」とも呼ばれる)とは「基本的に大手映画スタジオのシステムのもとで製作されていない映画」という意味です。

 A24は、アメリカの伝統的なエンターテインメント企業とは異なる立ち位置にいます。ダニエル・カッツ、デヴィッド・フェンケル、ジョン・ホッジスという3人が、自分たちは伝統的映画会社とは違うことをしたいと考え、アメリカ映画産業の中心の西海岸のロサンゼルスではなく東海岸のニューヨークで同社を設立しました。

創業者の3人はもともと大手の映画出資会社の出身で、そこで、ビジネス的に成功する映画を選抜するセンスを磨き、有力なスタジオ関係者らとのネットワークを広げていきました。その後、意気投合した3人が自分たちの理想の映画を世に送り出すために設立したのがA24です。

 A24は、2012年の設立以来、これまでにはない演出やストーリー展開の高質の作品群を世に問うてきました。2015年に『ルーム』を配給し、翌16年に『ムーンライト』を製作/配給。そこから、数々の世界的な映画賞の常連的存在に成長していきます。『エブエブ』の快挙はその延長線上に位置付けられます。

企業名の「A24」はイタリアの高速道路(Autostrade)の路線「A24」からとったものです。創業者がローマとテーラモを結ぶその高速道路をドライブしながら起業プランを考えていたことに由来します。

 「強大な資金力をバックにして権力をかざすのではなく、時代の波に乗り、映画ファンを魅了し続ければ、ハリウッドでも屈指のインディーズ系映画会社として輝き続けることができる」。それが、A24の信念です。

 こうしたエッジが効いた同社の信条に共感する熱烈なファンも多く、日本の「映画通」の間でもよく知られた映画会社です。キャップ(野球帽)やTシャツなど、「A24」のロゴを冠したアパレル・グッズをさりげなく着用しているだけで、映画界の先端トレンドに精通していることをアピールできるようです。

 映画『エクス・マキナ』は「Tinder」を使ってバズらせた!

このように、巨大映画会社(メジャー)とは一線を画すインディーズ系映画会社A24のマーケティング戦略はかなり独創的で、エッジが効いて(cutting-edge)います。

 美しい女性の姿をもったAI(人工知能)「エヴァ」とプログラマーの心理戦を描いたSFスリラー『エクス・マキナ』(2015年)では、宣伝のために世界最大級のソーシャル系マッチングサイト「Tinder」(ティンダー)を利用しました。「Tinder」は、ナスダック(NASDAQ)上場企業マッチ・グループ(Match Group)によって運営されており、世界の月間アクティブユーザー数が7,500万人を超える巨大ソーシャルメディアです。

 テクノロジーと音楽・映画の祭典「SXSW」(サウス・バイ・サウスウエスト、テキサス州オースチンで毎年開催)の参加者がマッチングサイト「Tinder」を開くと、美しい姿の「エヴァ」の画像がランダムで現れ、メッセージを送ってきます。参加者は、メッセージが自動配信されているとも知らず、チャットに応じます。ユーザーは、しばらくやりとりをして「これ、脈ありかな?」と思った頃に、「エヴァ」のInstagramのアカウントをチェックします。すると、それが映画『エヴァ』のプロモーションページであることに気づくのです。

 さらに、疑心暗鬼にとらわれ崩壊する一家を描いた『ザ・ウィッチ』(2016年)では、宣伝キャンペーンの一環として、作品のアカウントとは別に、悪魔のようなヤギなど、さまざまな登場キャラクターのアカウントを劇場公開の半年前から地道に育てていきました。あるいは、祖母の死を機に一族に受け継がれた恐怖を描く『へレディタリー/継承』(2018年)の宣伝では、インフルエンサーや批評家に「不気味な人形」を送りつけました。

 +「別れたいカップルにみてほしい」と監督が公言した、悪夢の「奇祭」を扱った『ミッドサマー』(2020年)。A24は、この映画を見て別れたカップルには3ヶ月の無料のカップルセラピーを提供するというキャンペーンを繰り広げました。

 こうした独創的な働きかけがバズったことは容易に想像がつきます。しかし、もっと重要な点は、経営資源の制約のなかで、斬新なプランを考えだし実際の形にするということです。このA24の実現力を担保しているのが次のような同社の姿勢です。「映画ビジネスには、さまざまな情報、批評、雑音がつきものだ。そうしたなかで、低予算であっても人々の注意を引き、ライバル作品と差異化し、映画ファンに自社の映画を選んでもらうためにはどうしたしたらいいかを、つねに考えている」。

 A24のマーケティングから学ぶとすれば、「『資金力がない、組織が小さい、人手が足りない』は、理由にならない」ということです。自社の経営資源に制約があったとしても、創造的に頭を使えば、他社とは異なる際立ったマーケティングを展開することが可能であることを、A24が教えてくれます。いくつかの巨大企業が圧倒的な存在感を持つ米国映画産業にけるA24のプレゼンスとその活躍ぶりは、経営資源に関して同じような境遇にある日本の中小企業やスタートアップ企業の励みになります。

 何はともあれ、まだご覧になっていない方は、映画館で『エブエブ』が作り出す「混沌」を「リアルに体験」してみてください。きっと、その体験を誰かと共有したくなると思います。


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