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英米語学科


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本学在学生がソチオリンピックでの通訳サポートスタッフに携わりました

2014.03.18
神田外語大学
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国際放送センターにて

本学外国語学部英米語学科1年生の樫村 真さんが、ソチオリンピックの通訳サポートスタッフとして、2014年1月31日~2月25日の約1ヵ月間、現地で通訳サポート業務に携わっていました。
 
日本での準備から現地の活動の様子を樫村さんに聞きました。

通訳サポートスタッフに携わったきっかけを教えてください

きっかけは、担任である松井佳子先生からの突然の電話でした。
 
「ソチ五輪の通訳スタッフの選考試験のために、明日までに履歴書を完成させて欲しい」という内容で、最初は何が何だか分かりませんでしたが、とにかくスポーツと、英語のみならず人とのコミュニケーションが好きな自分は、一瞬にして気持ちが高まり始めました。
 
まず自分がそういう推薦に選ばれたことと、「絶対にやってやる」という興奮で武者震いというか、涙を流した記憶があります。それだけ嬉しかったことだったのです。

採用に至るまでのプロセスを教えてください

選考試験は2部構成になっていて、一次選考は書類審査、二次選考は日本語と英語を交えた面接がありました。書類審査の履歴書には高校球児として本気でスポーツをやってきて、大きな怪我を経験して成長したことや、普段の生活の中で積極的に英語でのコミュニケーションをとるようにしていることなどを主に書きましたが、ありのままに動機を書いた結果が、一次選考につながったと思います。

二次選考の面接ではほとんどが日本語で、その時はあまり英語力を重視されませんでした。それというのも、初対面の方々と海外で長期間共に仕事をする上では、人間性や協調性も必要になり、今回の採用時のキーポイントになっていたからです。ここでも、英語で仕事をすることの熱意や、競技は違っても、選手の気持ちを理解し、それらを踏まえて一生懸命やっていきたい、ということを素直に伝えた結果、採用していただきました。

採用が決まってから現地入りするまでに準備したことや心掛けたことはありますか

採用決定後、出国前の手続きや、滞在先の環境についての説明が、本番1ヶ月ほど前に2回行われただけで、特に定期的な研修もないため、自分で考えて行動するしかない状況でした。通訳・翻訳課程の柴原智幸先生をはじめ、通訳経験の豊富な先生方に思いついた質問は何でも聞き、同時通訳もオリンピック本番までの練習の一環として、通訳翻訳課程の方々に混じってやらせていただきました。

また「通訳は体が資本だよ」ということをたくさんの先生方から聞き、寒く過酷な山での仕事という事前情報も聞き、朝4時に起きてランニングし、学内のジムでは2時間近くトレーニングに励み、自宅ではなるべく暖房は使わず、食事にも気を配るようにしていました。自分の目標は「19歳ということで、確かに最年少ではあっても、自分にできることは積極的に、そして同じ学生の中で1番良い評価をもらえるように、どんなに小さなことでも一生懸命やること」でした。

ニュースで報道されていたように、完成されていない場所がたくさんあり、情報もかなり少なく曖昧なため、準備段階では苦労しましたが、あの時苦労したおかげで、現地での生活は楽ではなくても、楽しむ余裕ができました。

現地での仕事内容、1日のスケジュールを教えてください

現地の印象は、春のように暖かく過ごしやすい気候で、ソチはリゾート地ということもあって穏やかな人が多かったです。ただ、英語が通じないことが多く、日本で準備しておいたロシア語会話集を駆使し、さらによく使う表現はロシア人から聞いて覚えました。元々語学好きな自分にとって、新しい言語にふれるチャンスで、新鮮さもありいい経験になりました。

仕事は主に、担当競技であるアルペンスキーのルール翻訳や、選手のコメント翻訳、そして番組放送前のマイクチェックの音量調節を、コントロールルームに英語で指示したり、自分がインタビューゾーンに入って直接選手にコメントを求めたりしました。特に大変だったことは、解説者が試合前にコースを試走できる制度があって、試走の交渉をしなければならなかったことや、突然持ち込み禁止になった物を持ち込むことができるかどうかを交渉することでした。日本人にしては自己主張がかなり強い方だと自負していますが、現地ではそれが普通でした。それでも、かなり大柄なセキュリティガードと言い合いになりながらも交渉し、理解してもらえた時は周りの方々から信頼を得られたので、通訳としては成功したと思っています。

1日のスケジュールは、朝5時に起床し、英語で送られてきたメールで大事なものは翻訳してディレクターさんに伝えます。そして、試合会場に行き、中継中はインタビューをなるべくたくさん取り、夜は夜中までかかって中継中に取れなかった分の選手のコメントを訳したりしていました。休日はありませんでしたが、もちろん中継のない日もあり、そういう日は解説の方と共にショッピングにでかけたり、他の競技観戦をしたりと本当に様々な体験をしました。

滞在先はどんなところでしたか

ホテルは四つ星で部屋は一人で使うには勿体無いほど広く、工事の騒音や余計な心配は何もなく過ごせました。朝食は毎朝ビュッフェでしたが、メニューが変わらなかったので自分で調味料を変えたり、少し注文をつけたりと工夫していました。

昼食は主に競技場でホットドックなどのファストフードや、日本から持ち込んだカップ麺を食べ、夜は解説者の方とイタリアンやフレンチなど本格料理を楽しみました。しかし、予想通り野菜が不足した為、日本を出る時にビタミン剤のほか、整腸剤、常備薬、漢方など、体調管理する上では欠かせない物は全て持参しました。一番効果的なのは青汁でしたね。

後ろは山の競技会場

 

日本では経験できないことや苦労したことがあれば教えてください

様々な体験の中で、一番困ったことは国際放送センターのエレベーターが作動せず、閉じ込められたことです。10分ちょっとで出られましたが、ドアが半開きで、時折数センチ上がってはまた元に戻るという気味の悪い体験もしました。それでもロシアのエレベーター会社のスタッフがなんとかドアをこじ開けた後、「心配することないから早く出ろ」と言うので、これも異文化と思いましたが、さすがに怖かったです。

ホテルは完成したばかりということもあり、水道から泥が出てきて、最初の2日くらいは、茶色いお湯に浸かりました。あとは、買い物したときにお釣りがないことが毎日でした。これは日本ではあり得ないことだったので、経験できてよかったです。お釣りのない時は、商品を売ってくれないか、大きなお金で多めのお釣りを返してくれるなど、色々ある国だなと思いました。

嬉しかったことは、毎日観ているBBCやCNN、New York Timesといった海外の有名メディアの方々と同じ空間で仕事をできたことです。そういう方々とお会いできたこと、更に一緒に仕事ができたことは自分の自信にも繋がるし、自己紹介で「神田外語大学です!」というのが、自分にとってとても嬉しかったです。

最後にこの1ヵ月間を振り返って感想を教えてください

客観的に見れば、統括責任の方から直接、大変良い評価を頂いたので、成功だったと思います。しかし主観的には、英語においても、人間性においてもまだまだ勉強や経験を積んでいかないと、世界で活躍するまでには至れないと自覚しています。

また、海外に行ったからこそ日本の良さや改善点、日本人の長所や短所、信頼性などを学びました。同僚の方が、スイスのメディア関係者のユニフォームジャケットを間違えて着て帰ってしまった時に「JAPAN TV」ですと伝えた途端に、それまではしかめ面だった人たちが、いきなり安心しだしたのは、「日本」だったからだと思います。ただ、接客態度やチップなどに関しては、日本の常識は通用しないと強く思いました。広い心と、ここは外国なのだという意識を持つことが異文化理解に繋がると確信しました。

今後は、スポーツ通訳ボランティアや、震災ボランティアなど様々な課外活動に取り組むのと同時に、苦手分野の力をつけたいと思います。そのためにも一日を大切に、やると決めたら最後まで、誰になんと言われようと、自分の信じている道を突き進みます。

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