第91回 – 第100回 (2008年2月~2008年11月)

第91回 - 第100回

2008年2月~2008年11月

第91回 (2008年2月)
モータリゼーションという言葉があります。「自動車化」の意味で、motorization とつづります。しかし motor はもともと、ラテン語の動詞movere 〔動かす〕の過去分詞形の motus (運動) に由来する言葉で、原義は「動かす人、もの」でした。そこから「モーター」つまり「原動機」となったのですが、それが motor car の省略形となり、「自動車」を指すようになったと1895年の英語大辞典NEDにあります。そこから motorway といえば自動車が高速で走れる「高速道路」、motor pool といえば、官庁などで配車用に自動車を集める車庫を意味するようになりました。しかし motor が自動車ばかりを意味するのでないことは、電動の芝刈り機を motor mower といい、電動発電機を motor generator、電車や地下鉄の運転手を motor man と呼ぶことからもわかります。「運動神経」を motor nerve と呼ぶのも、原義がそのまま生きているといえるでしょう。心理学で motor-minded といえば「運動感覚の鋭敏な」ことを意味し、ear-minded, や eye-minded に対応する語となります。 石井米雄
第92回 (2008年3月)
「ポスト」といえば街角にある郵便物を投函する赤い箱であることは子供でも知っています。しかし英語の post は、もともと物ではなくて人。16世紀には国王の手紙や小包を馬にのって遠くへ運ぶ飛脚を意味していました。それが飛脚の交代する地点を意味するようになり、さらに書簡や品物をはこぶ乗り物(馬、船など)を指すようになります。17世紀になると、さらに意味が変わって、手紙や小包をとどける組織、つまり今日の郵便局となりました。post にはこれとは別に「地位、職」という意味もありますね。「いいポストについた」などというでしょう。もうひとつ屋外に立つ「支柱」という意味もあります。意味はそれぞれ違いますが、語源にさかのぼればみな同じ。「立てる」を意味するラテン語 ponere の過去分詞形 positus が原語です。Position(位置)、poster(ポスター)、postage (郵便料金)とそれぞれ意味は違いますが、語源が同じというのはおもしろいですね。 石井米雄
第93回 (2008年4月)
「美容と健康のためにハーブ・ティを!」などという広告が氾濫しています。そもそも英語で herb と綴るハーブは、辞書には「薬草、香料植物、食用植物」とありますが、語源はラテン語の herba でふつうの「草」の意味です。ですから herbarium は「植物標本」、herbal と形容詞にすれば「草に関する」あるいは「草から作られる」ということになります。いさかさ物騒ですが、これにラテン語で「殺す」を意味する -cide をつけて herbicide とすると「除草剤」。「食べる」を意味する -vorous をつけて herbivorous とすると「草食性の(動物)」となります。Herbage は「牧草地」のことですが、英国ではとくに「牧草権、放牧権」の意味があるようです。「本草」という言葉は漢方で用いる薬草の意味ですが、herbalist などがこれにあたるでしょう。Herborize といえば「植物採集をする」、「植物採集」なら herborization となります。 石井米雄
第94回 (2008年5月)
英語ではまったく違う語なのに、たまたま発音が同じなためか日本語になると区別がつかなくなることがあります。「キャリア」がそれです。原語はcareer とcarrier. 英語では前者は後者はと読みます。 最近よく話題になるキャリア・ウーマンとか、公務員制度で改革の対象となっている「キャリア」はcareer の方で、もとをたどればラテン語で「車」を意味するcarrusが語源です。ちなみにこの原義は英語のcarにのこっています。16世紀になるとこれが「競馬のコース」となり「全力疾走」へと意味が変わっていきます。入省しさえすれば出世間違いなしのお役人である「キャリア」のなかにはこの原義が生きていますね。「ノンキャリ」がその反対の「各駅停車」であることはご存じのとおりです。 もうひとつの「キャリア」はcarrier の日本読みで、文字通り「運搬人」を意味します。足に短い手紙をつけられて飛ぶ「伝書鳩」はcarrier pigeon。こちらの方も元を正せば同じラテン語のcarrusからきた語です。L(古典ラテン語)からModE(近代英語)に入る語はまずLL(俗ラテン語)を経由してOF(古代フランス語)や、MF(中世フランス語)に入り、そこからME(中世英語)を経てModEとなることが多いので、同じ語でも経由の仕方により綴りに変化が発生します。「キャリア」はその良い例といえるでしょう。 石井米雄
第95回 (2008年6月)
ボールという言葉は幼稚園の子供でも知っています。英語で書けばball。ピンポンのボール、野球のボール、みな同じです。野球で投球がストライク・ゾーンに入らなければボールと判定されますが、これも同じballです。これらの「ボール」の語源をたどると、もともと古代ノルウェー語ので、これが中世英語に入ってbalとなり、そこから近代英語のballが生まれました。もう一つ「舞踏会」を意味するballがあります。綴り字は同じですが、こちらの方は別語源で、ギリシャ語のballizein 「踊る」が、まず後期ラテン語に入ってballare となり、そこから古代フランス語のbaler を経て英語に入ったものです。ちなみに現代フランス語では「舞踏会」をbalと言います。これらの2語とはまったく関係ないのですが、もうひとつ日本語でボールと呼ぶものがあります。それは「ボール紙」のボールで、こちらの方は、製本屋さんが表紙用に四角切った板紙のboard をボールと訛ったことから生まれた日本製の言葉です。 石井米雄
第96回 (2008年7月)
最近「メタボリック・シンドローム」という言葉をよく聞くようになりました。高血圧症や糖尿病のような生活習慣病も、もとを正せば肥満が原因であることがわかってきたことによるものでしょう。そこからメタボリック・シンドローム=肥満と考えられがちですが、語源を考えると、そもそもmetabolic はmetabolism の形容詞形で「物質代謝、物質交替」のことですし、syndrome は「症候群」のことですから、いずれも「肥満」自体とは無縁なことばです。Metabolism の語源はギリシャ語のmetabole 。boleは「投げる」、meta-は「変化して」ですから、あわせで「変化」を意味しました。そこから医学用語で「物質代謝、物質交替」を指すようになりました。一方syndrome の方も同じくギリシャ語の syndrome が語源で、「syn-一緒に」「dromein 走る」という意味ですので、そこから「(さまざまな)症候群」と訳されるわけです。 石井米雄
第97回 (2008年8月)
テレビの討論番組などの司会者は「モデレーターmoderator 」と呼ばれます。Moderate は、もともとラテン語の (「~を減らす、縮減する」)が変化した形で、「(量や質が)極端にならないように制御する」ことを意味していました。というわけで、「モデレーター」の役割は、白熱した議論の熱をさまして、ほどほどに調停することにあります。よく楽譜で見かけるmoderato は「早からず遅からず、ほどよい速度で」という意味。Moderateと意味の似たことばにmodest がありますが、こちらの方も「(大きさや金額が)あまり大きくない」という意味。いずれもラテン語のmodus 「程度、計量」が語源ですが、「ファッション」を意味するmode も同様です。日本語へは「モード」という形で入りました。Mode の意味は「様式、形態、流行」などひろく、そのほか音楽の「長調、短調」もmajor mode, minor mode と表現されます。フランス語a la modeは、日本語に入って「アラモード」となり「(服装などの)流行」を指す表現として使われています。 石井米雄
第98回 (2008年9月)
「王様と私」という映画があります。タイの近代化の先鞭をつけたラーマ4世モンクットと、かれが王子たちの教育のためイギリスから招いた家庭教師アンナ・レオノウエンスとの間に繰り広げられた物語をミュージカルに仕立てた映画です。アンナのような住み込みの女性の家庭教師のことを、英語ではgoverness と言います。これは「支配する、(ひとびとの行動を)左右する」という意味のgovernから派生した言葉で、語源はギリシャ語で「舵をとる」を意味するkybernan。これがラテン語に入ってguvernareとなり、さらに古代フランス語のgoverner を経て英語に入り、13世紀ごろから「権威をもって支配するという意味に使われるようになりました。Governor 「知事」やgovernment「政府」、さらには最近日本でもよく耳にするようになった「ガヴァナンス」governance も同じ語源から生まれた言葉です。Govern は16世紀ごろになると、動詞や前置詞が「目的語」や「格」などを「支配する」という意味の文法用語として使われ、現在に至っています。 石井米雄
第99回 (2008年10月)
ATMという看板が通りのあちこちで目立つようになりました。銀行の自動支払機のことで、automatic telling machine の省略形です。語源を知らないでもお金はおろせますが、ここでちょっとその意味を考えてみましょう。Tell が「話す」意味する動詞であることは中学一年生でも知っています。しかしATMのtelling は、これとは関係なさそうです。15世紀の中世英語に遡ると「数をかぞえる」という意味のtellenに出会います。『旧約聖書』の「詩編」に「エホバはもろもろの星の数を数え」とありますが、英訳はHe telleth the number of the starsとtell の古形がつかわれています。これがtell のもう一つの意味でThe House was told by Mr. Chairman といえば、英国の議会で、議長が議員の数を数えたという意味です。数えるものがお金であれば銀行の金銭出納係で、teller。 預金係a deposit teller ないしsaving teller、収納係はa paying teller ないし a receiving teller といいます。 石井米雄
第100回 (2008年11月)
「サイクロン」がミャンマーを襲って大きな被害をだしました。Cyclone の語源はギリシャ語のkyklosで「輪」という意味。熱帯地方の海洋上に発生する低気圧の等圧線が円形であることからこう呼ばれています。周波数の単位として用いられる「サイクルcycle」も同じ語源。さらに丸いタイヤが二つの自転車はbicycle、三つついている三輪車はtricycle 。(bi­は2、tri­は3です)これも同じ仲間の言葉です。近頃よく耳にする「リサイクルrecycle」は、再生利用、つまり廃物を使い回すことからこう呼ばれるのでしょう。これらの単語とはまったく無関係に見えるのが「百科事典」という意味のencyclopediaあるいはその省略形のcyclopedia です。これもギリシャ語でcyclo­paideia と分けられ、あえて訳せばcyclo­「円満な、過不足のない」paideia「子供の教育」が原義ですが、そこから「(あらゆる知識を万遍なく盛り込んだ)百科事典」を意味することばとして使われるようになりました。一見まったく無関係に思われても、もとをたどれば同じという例のひとつといえましょう。 石井米雄